QMA、その他ゲーム以外のことも、つれづれなるままに書いていこうと思います。どんな文章になることでしょうか。
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(必見)「原子力50年・テレビは何を伝えてきたか」
2011-05-08-Sun  CATEGORY: ニュース
今回はこちらを紹介いたします。

原子力50年・テレビは何を伝えてきたか

長い文章なので億劫かもしれませんが、ぜひ読んでみてください。考え方は人それぞれですが、この事故につながった原因をいくつか引き出すことが可能と考えています。以下、自分なりの考えをまとめています。皆さんなりにまとめて、今後に活用してくださればと思う次第です。

・ この国への原子力の導入には、政治的な動機が強く働いていた。今も政治の影響が強く、安全性を度外視する決定が起こる大きな理由となっている。

・ 原子力が安価であるという嘘は、この国に原子力が導入される初期からのものであった。しかし、もうそれは真実ではない。今回の事故の結果は、それを決定的なレベルで覆すこととなるだろう。

・ この国のメディアは、原子力を推進するお先棒を担いできた。批判に対しては圧力を加えられることが多く、マスメディアによる抑止は今も困難であり続けている。

・ 原発の危険性は、何も事故の発生時に限られたものではない。常時、作業員は被曝を強要されている。適切な管理を行わず、むざむざ作業員を被曝させ、死に至らしめた東海村臨界事故のような事例すら存在している。

・ 電力会社において恒常化した隠蔽は、危機管理の観点からはもっとも危険な対応である。情報の共有と適切な改善への道を妨げ、事故のリスクをかえって高めることとなる。今回の事故は、そうした体質がもたらした当然の、しかし悲惨な結末である。

・ 事故は技術力の限界だけではなく、組織の限界からも生じる。組織が明確な目標によってではなく、惰性で動いてしまっていること。能力を超えて肥大化してしまったこと。内向きの論理だけで動き、外部とのかかわりを意識できなくなったこと。これらも、事故の大きな原因となっている。

更にもう一言、引用します。かなり衝撃的ですが、実に適切な表現でもあります。

最初にくるのは工業の公害ではない。必ず人間の公害だ。心が金の力で曲がるんだ」(1987年青森県六ヶ所村の農家の声)

力の行使は、必ずしもそれ自体が悪というわけではありません。ただし、力が正しく行使されないのであればその結果は悲惨です。それは今回の事故が、よく証明してくれます。本当は「安全にするため最大限の努力をする」べきところ、それを怠ったくせに「絶対に安全です」と繰言を垂れ続けてきた結果がこれでした。この繰言に関わったすべての者が責任を問われることは当然に不可欠ですが、今後安全性を最優先する体制をつくれるかどうかはもっと重要です。もっとも、個人的には両方ともほとんど期待できないと考えています。ならばいっそのこと・・・と考えない保証はどこにもない、とだけ書いておきます。
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