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(イレッサと訴訟)この和解案には賛成しかねる
2011-01-26-Wed  CATEGORY: 医療崩壊
今回は皆さんもご存知の、イレッサに関するおはなしです。和解勧告なるものが出ておりますが、これについては明確に反対のスタンスで、こちらでも書かせていただきたいと思います。

まず、いくつか文章を引用いたします。

読売の記事より引用)

イレッサ訴訟、国が和解勧告拒否の方針

1月25日(火)3時1分配信

肺がん治療薬イレッサ(一般名・ゲフィチニブ)をめぐる訴訟で、政府は24日、国の責任を認めた東京・大阪両地裁の和解勧告に応じない方針を固めた。「イレッサの承認過程に問題はなく、副作用の危険性については適切な注意喚起を行った」との理由からだ。和解は、新薬導入をめぐる日本国内での承認体制の在り方など、薬事行政への影響が大きすぎると判断したものだ。政府はこの方針を、両地裁に対する回答期限前日の27日をメドに正式表明する。

この問題で、政府内では枝野官房長官と細川厚生労働相、江田法相が協議を重ねてきた。その結果、政府内では、「副作用に関する情報提供は適切だった。和解を受け入れれば、新薬の承認の期間を短縮する流れにある今後の承認体制に大きな影響がある」(厚労省幹部)との意見が強まった。細川厚労相も「医薬品行政の根幹の問題であり、慎重に検討する必要がある」と述べていた。

両地裁は今月7日に示した和解へ向けた基本的な考え方(所見)で、厚労省が輸入販売元の製薬会社「アストラゼネカ」(大阪市)に対し、緊急安全性情報を出すよう指示した2002年10月15日までにイレッサを投与され、副作用の間質性肺炎を発症した患者5人について、「国と同社に救済する責任がある」と結論づけた。

その理由として、イレッサは承認以前から「副作用が少ない薬」という認識が一般に広まっていた一方で、間質性肺炎による重篤な副作用を引き起こす可能性を示した試験結果があったことを指摘。イレッサの添付文書では、間質性肺炎が「重大な副作用」の4番目に記載されていたことなどについて、情報提供が不十分だったとした。和解協議に応じるかどうかに対する回答は28日までに求めており、原告側は10日に受け入れを表明した。

ただ、政府・民主党内には「死亡患者やその遺族に対しては、何らかの救済策を検討すべきだ」との意見もあり、今後、調整を進める。

国立がん研究センターのコメントより)

イレッサの和解勧告案に対する国立がん研究センターの見解

まず、イレッサの副作用により急性肺障害・間質性肺炎をおこし、亡くなられた患者さんには心より哀悼の意を表し、心より御冥福をお祈り致します。

今回、肺がんの治療薬であるイレッサの訴訟において、東京地裁と大阪地裁が和解勧告を提示しました。報道によると、裁判所の判断は、世界に先駆けて販売承認を行ったわが国の安全対策が不十分でイレッサによる副作用の被害が拡大したと思わせます。この裁判所の判断は、自然科学を人間に施行しているすべての医療人にとっては、大きな衝撃を与えるもので、全ての患者さんにとっても不利益になるものと思わざるを得ません。その理由は、今回のイレッサによる副作用についての訴訟は、これまでの非加熱製剤によるHIV(エイズウィルス)訴訟やB型肝炎訴訟等の明らかな人為的過誤による薬害被害とは全く異なるからです。HIVやB型肝炎の感染は当時予想することが難しかったものの、他に感染を防ぐ方法は当時もあったと考え、薬害と言えると思います。一方、今回のイレッサによる急性肺障害・間質性肺炎は、抗がん剤のほか、漢方薬や抗生物質などの身近な薬においても発症する副作用のひとつとして知られております。すなわち、今回のイレッサによる副作用での不幸な結果の責任を問うという判断は、医療の根本を否定すると危惧します。全ての医療は、安全であるべきです。しかし、自然科学である人間を対象とする医学には、どんな努力をしても、絶対安全は残念ではありますがありません。どの様な安全と考えられている薬剤でも副作用があります。今回の判断は、医療に伴うリスクが出た場合に、国家ないし医師が責任をとること意味していることになりかねません。これを外科手術に例えれば、不可避的な副作用を受忍しないことを意味しています。結果、医療における不可避の副作用を認めなくなれば、全ての医療は困難になり、この様な治療薬で効果がある患者さんも医療の恩恵を受けられなくなり、医療崩壊になると危惧します。

今回の件では、抗がん剤を投与する治療医は常に急性肺障害・間質性肺炎などの重大な副作用が起きる危険性を認識しながら治療にあたってきましたし、現在もそのようにしています。また、発売開始前の治験において、イレッサは高い効果を示しましたが、投与を受けた患者さんの中に、急性肺障害・間質性肺炎をおこした方がいたことから、当時の厚生労働省内の国立医薬品食品衛生研究所・医薬品医療機器審査センターは治験結果を科学的に審査し、イレッサによる急性肺障害・間質性肺炎を重大な副作用として添付文書に記載し注意を呼びかけるよう指導しています。しかし市販後、日本全国の施設で新しい治療を待ち望む患者さんに広く使用されるようになり、ときに重篤かつ致死的な急性肺障害を引き起こすことが明らかになってきました。厚生労働省は、販売承認後もイレッサの副作用情報を集め、販売開始3か月目に急性肺障害・間質性肺炎の緊急安全性情報を出すなど、医療現場から見てもイレッサの安全性の確保に十分注意してきたと考えます。イレッサが世界に先駆けて日本で承認されたことによって日本人の多くの患者さんがその恩恵を受けました。またその効果を世界に発信し重大な副作用の情報についても最初に世界に伝えたことは、日本人のみならず世界中でがんと闘う患者さんのためにも大きく貢献したと思います。

今回の様な薬剤の副作用で不幸な転帰をとり受忍とされた患者さんや御家族を救済する制度としては、国の医薬品副作用救済制度により、健康被害について救済給付が行われていますが、抗がん剤や免疫抑制剤などは対象除外医薬品となっています。抗がん剤は一般薬に比べて重大な副作用が見られることがあり、投与に当たっては患者さんに対して十分に治療のメリットとデメリットを説明したうえで治療を行っていますが、抗がん剤よる副作用が見られた場合の重大な健康被害の救済制度を創設すべきと考えます。すなわち、本件の個別の問題に限局するのではなく、国民的な議論が必要であり、国会で十分に議論する必要があると思います

今後も国立がん研究センターは職員が一丸となって、国や他の機関とともに、すべての治療が安全に行われ、一人でも多くのがん患者さんの命が救われるように、医療と研究の発展に努力してまいります。

重ねて、イレッサをはじめ、急性肺障害・間質性肺炎など様々な副作用を生じた患者さんや、亡くなられた患者さんに対して心より哀悼の意を表します。

平成23年1月24日
国立がん研究センター 理事長
嘉山 孝正

(引用ここまで)

今回の和解については、大きな懸念があります。今回の事例に対してまで製薬会社側に責任を負わせるのであれば、今後製薬会社側は副作用により生じる損害賠償の責任を見越して、医薬品の価格設定をする(結果として、価格は大幅につりあがる)こととなります。ただでさえ医薬品は(特に先進医療ほど)高いのに、更に医薬品の価格を引き上げれば、貧者が医療からつまはじきにされます。それ以前に、今回の一件で製薬会社側は「副作用を隠蔽する悪い会社」という不当な烙印を押し付けられることとなりました。今後、こうした医薬品の開発が日本国内で行われなくなる危険性だって、ないとは言い切れません。
新薬承認プロセスの大幅な遅延も、覚悟しなければなりません。副作用に関するデータを確実にするには、当然相応の時間が必要です。しかしその間、患者は救済されないのですが。ただでさえ新薬承認が遅いと非難されている中、これ以上承認を遅らせるような動きがあれば、大多数の患者の不利益につながります。そういえば、マスコミは承認プロセスの遅れをずいぶん問題にしてきたはずです。その一方で、今回のように副作用が問題となれば容赦なく医療側を攻撃する・・・実に都合のいいダブルスタンダードではあります。

医療側は、自らの医療の結果生じる副作用についてだいたい理解していますし、そのリスクについて十分考慮した上で医療を行う決断をしています。それはひとえに、患者側の利益のため・・・自らが手を下したほうが、下さないで放置するよりずっと良くなる「可能性が高い」からです。ただし、それはあくまでも「可能性に過ぎない」ということも、十分理解しています。反面、患者側でこれが十分理解できているのは、おそらく今なおほんの一握りなのでしょう。だから何か不都合があれば、医療側が悪さをしたものと看做し、時にマスコミも巻き込んで攻撃を加えようとする。
医療者と患者の間に軋轢が生じるとして、その大きな原因は患者側の無知と無理解にあるといえば言いすぎでしょうか。今回の事例も、結局は患者側の甘えに他ならない・・・薬物が必要だからこそ使用してその便益にあずかっておきながら、都合の悪い結果になれば態度を翻し「副作用だ、責任とれ!」というのはあまりにアンフェアな精神態度と考えます。薬物にだって一定のリスクがある・・・患者側が、医療側の万分の一でもわきまえていなければならない事項です。それが理解できず、また一定のリスクについて覚悟できない者が、薬物に手をつけるべきではなかったのです。

この一件における報道を見ても、どうやらこの基本的な部分が、社会一般で十分理解されていないように感じます。マスコミが今回の原告の行動についてまるでたしなめることをしないのも、そうしたマスコミの媚びた態度がまるで問題にならないのも、社会一般で必要な土壌が形成されていないから・・・そのように思います。和解勧告が拒否されれば、裁判所は判決文を書かなければなりません。どのような文章が出てくるか、そしてその結果どのような影響が各方面でもたらされるか・・・しっかり見ておく必要があります。
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