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(多剤耐性菌)現場の努力だけでは限界があるという、これもひとつの例
2010-09-09-Thu  CATEGORY: 医療崩壊
表題ですが、最近あちこちで多剤耐性菌の話がかまびすしくなっています。マスコミはこれが仕事でもありますが、相変わらずピンボケです。批判すべきは現場のドクターではないのですが・・・何が本当に問題なのか、書いてくださった方がいるので紹介します。

森澤先生の文章を引用しました

帝京大学病院におけるアウトブレイクの報道に思うこと

自治医科大学附属病院・感染制御部長、感染症科科長

森澤雄司

2010年9月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会

多剤耐性アシネトバクター・バウマニによる病院内アウトブレイクが報道されています。私にはマスメディア報道を越える情報はありませんが、業務上過失致死の疑いで警視庁が動いていることを聞き及び、わが国の医療に禍根を残さないためにも、一方的な処罰感情のみに流されない議論がなされるべきであると考えて筆をとることとしました

医療技術の進歩や管理基準の向上、医療従事者の熱意と誠意に関らず、病院それ自体は感染症の温床であり、医療関連感染防止はすべての医療従事者にとってつねに最重要の課題の一つであり続けています。医療行為には必ず内在する感染リスクがあり、血管内留置カテーテル関連血流感染症や外科手術部位感染症などは、語弊を恐れずに言えば "起こるべくして起こる" 合併症を医療従事者の不断の努力によって防止しているのです。日常的なケアのどこかに些細な破綻があっただけでも重大な結果をもたらしてしまうのです。また、病院という限定された空間に多数の患者が抗菌薬を投与されている状況は、抗菌薬耐性菌を集約することとなり、一般的にまれな高度耐性菌が病院においては日常的に跋扈することとなっています。高齢化社会に伴う患者数の増加、医療の高度先進化の一方で、医療費削減を求める現状においては病院における経費削減が経営上の必要課題となっていますから、医療の現場はますます少ないスタッフ数や予算でより多くの業務を負担しなければならず、患者と医療従事者のいずれにとっても安全が脅かされていると考えなければなりません。医療安全は広く国民の間で議論されなければならない重大事であります

今回の問題となっている多剤耐性アシネトバクター・バウマニは医療関連感染防止にとって重大な脅威です。高度耐性菌としては MRSA や多剤耐性緑膿菌が有名ですが、これらの細菌と比較しても多剤耐性アシネトバクター・バウマニへの対策は極めて困難であることが知られています。一般的に MRSA 対策は医療従事者の手指衛生と適切な個人防護具(手袋・ガウン・マスクなど)使用の徹底により対応することが出来ます。一方、緑膿菌やアシネトバクター・バウマニは栄養要求性が低く、さまざまな環境で生き延びることが可能であるために環境対策も必要となります。緑膿菌は乾燥に弱く、いわゆる水周りを押さえれば対策できるのに対して、アシネトバクター・バウマニは乾燥に強く、カーテンや診療端末のキーボードやマウスのような通常の環境表面でも数週間以上にわたり生存します。多剤耐性アシネトバクター・バウマニ対策には膨大な環境調査が必要であり、しかも細菌はスタッフや患者の手指などを介して環境を移動しますから、一度の環境調査だけですべてが明らかになるとは限りません。海外からは医療従事者が使用する PHS を介してアウトブレイクが認められたという報告もあり、多剤耐性アシネトバクター・バウマニへの対策は困難を極めます。そしてアシネトバクター・バウマニは抗菌薬耐性を獲得する能力にも優れており、耐性化したアシネトバクター・バウマニの中には多剤耐性緑膿菌と同じく現時点でわが国に使用可能なすべての抗菌薬へ耐性を示す場合があることが知られています。すなわち、高度耐性アシネトバクター・バウマニが感染症の起因菌となった場合、わが国では治療できないのです。幸いなことに緑膿菌やアシネトバクター・バウマニは必ず感染症を起こすわけではなく、単に保菌状態で過ぎる場合が多いのですが、侵襲的な医療処置が行われている患者では先述したような医療関連感染症を生じることがあり、病院内では重大なリスクとして対応する必要があります

厚生労働省でも多剤耐性アシネトバクター・バウマニの重大性を考慮して、昨年 2009 年 1 月には都道府県に対して病院内における発生を報告するように求めた通知が出されています。しかし、これは法的義務ではなく、少なくとも医療の現場に対して明確な通達であったとは言い難いと判断しています。一部の報道では今回の帝京大学病院における事例について、保健所へ報告されていなかったことが最大の問題点であるかのように取り上げられていますが、厚生労働省からの通知は都道府県への "「お願い」ベース" であり、法的な義務ではなかったはずです。また、一般的に考えると、公衆衛生行政の介入で今回のような医療関連感染アウトブレイクが制圧できるとは考えにくく、もしも行政側の担当者が保身に走って一方的な "病棟閉鎖命令" などの過剰な対策を安易に乱発するようなことにでもなれば、医療現場の混乱は必至です。病棟を閉鎖してしまうと、その期間、患者は受け皿を失って、適切な医療が提供されないこととなります。高い見識と専門性を有する専門家によるリスク・アセスメントに基いた方針決定こそが必要です。わが国では日本看護協会が認定する感染管理認定看護師が 1,000 名以上に及んでおり、豊富な臨床経験と高い専門性に裏打ちされた現場での活躍が期待されますが、残念ながら多くの施設では十分な権限を与えられていません。"素人" による場当たり的かつ責任回避的な対策ではなく、現場に根付いたプロの判断が優先されることを願って止みません

さて、これも一部の報道による情報でしかありませんが、今回の事例について警視庁が業務上過失致死の疑いで動くのではないかとされています。私たち医療従事者はつねに医療関連感染症の予防と制圧を心掛けており、理念として "ゼロ・トレランス" 、1 例の医療関連感染症も容認しない態度で理想を目指すべきであると考えています。しかし、実際には医療関連感染症を完全に根絶することは現時点で不可能です。故意による事例であればともかく、医療の結果が望ましくなかったという理由で警察が介入するような事態になれば、医療現場は必要以上に防護的となり、積極的な侵襲的医療処置行為を妨げる結果ともなりかねません。リスクの高い重症例や耐性菌の保菌患者は受け入れ先を失うかもしれません。処罰的な態度で "医療事故" に臨むことが国民の利益になるとは考えられず、むしろ結果的に"医療崩壊" を一層に進めてしまう可能性すらあります。私たちは第 2 の「大野病院事件」を許してはならないのです

以上、私の個人的な意見を記述しました。所属機関、所属学会を代表した意見ではないことを念のため書き加えておきます。患者さんが亡くなられたことはもちろん重大であり、真摯に受け止めるべきことでありますが、現実の医療はすべての患者さんを救命できるものではありません。この機会に医療従事者と国民が互いの立場を理解し合って、よりよい医療現場を実現するための議論が進むことを望みつつ擱筆します。

(引用ここまで)

よくまとまっていて、今更解説の必要もないレベルではありますが、いくつか付け加えます。

まずこの国の医療行政は、とにかく「現場のために金は使わないが、口だけは出す」点で問題外です。医療費は先進国の中で最低水準、今回の診療報酬だって1%も上がりませんでした。現場は常に過労で厳しい就労環境を強いられている現状で、これ以上新しい対策とやらを押しつけられたところでまともな結果にならないのは自明の理というものです。全国各地の病院で医師がいないのに、どうして多剤耐性菌対策が実現できるのか。
厚生労働省は通達らしきものを出してはいますが、これが何らかの実効力を期待できるものではないという指摘は、その通りと考えます。どこかの局の看板ドラマではありませんが、事件は現場で起こっているのです。やたらと腰の引けた省の通知は、結局この分野で責任ある行政を行う意思がないことの自己告白ですらあります。金も物も出さず、適当に口出しして責任を回避しようとする監督官庁の態度は、まこと現場の医療者にとって腹立たしいものなのだろうと推察します。

頼りにならないだけなら、まだマシです。国はよりによって、警察を介入させようとしているというお話です。大野病院事件の結果、いったい何が起こったか。正当な医療行為であったとしても、結果さえ悪ければ警察は医師を逮捕し、その人生を踏みにじり、その結果全国各地の医師が極度にリスクに敏感になる原因を作ってしまいました。つまり「これまでは一定割合で助けてもらえていた症例を、今後は誰にも助けてもらえなくしてしまう」のです。むやみに警察など介入させても、現場から人がいなくなり、皆が不幸になるだけ・・・大野病院事件から、何も学んでいないように感じます。
マスコミも、その尻馬に乗っているように思います。各紙の社説ですが、病院の対応ばかり責め立てる記事がやけに目立ちます。しかし本文にもある通り、限られた人と資金ではまともな対策など、とれるはずもないのです。非難すべき相手が違うのです・・・本来的には、医療のためにお金を使わず、ほかのことで無駄遣いばかりしている政権の批判こそ行うべきだったのです。それができないからこそ、適当な生贄を探して皆で袋叩き・・・この国の医療報道に、まとも以上の品性を期待するだけ無駄なのかもしれませんが。

だからこそ、もっと知性と品性のある皆さんには、こういう文章をしっかり見ていただきたいものではあります。現場で身を削りながら闘っておられる先生方にせめてできることがあるとするなら、一患者としてその現状を理解し、正当な評価をすることですから。

・・・ひょっとすると、もう遅いかもしれませんが。

9月8日毎日の記事より

帝京大病院:救急受け入れ制限 感染増を謝罪

2010年9月8日 11時43分 更新:9月8日 13時12分

帝京大病院(東京都板橋区)は8日、多剤耐性菌アシネトバクター・バウマニによる院内感染について、過去の症例を再調査した結果、新たに入院患者の男女7人の感染が確認され計53人に増えたと発表した。7人中4人は既に死亡し、感染と死亡との因果関係については調査している。また、現在入院中の患者800人以上を対象に細菌検査を実施し、当面は原則として新規入院や救急患者の受け入れを中止するなどの対応策も発表した。

記者会見した森田茂穂院長は「(感染の)症例数が増えたことについて、患者、ご家族の方々におわびします」と陳謝した。都は「救急患者の受け入れ先確保など、他の病院との調整が必要になる」と話し、地域医療に大きな影響も出そうだ。

病院によると、判明した7人は62~89歳(受診時)で、09年8月~10年2月に感染を確認。うち4人は09年8月~10年2月に死亡した。厚生労働省や都には7日午後に報告したという。今回判明したのは、09年1月~10年3月の症例を再調査した結果で、同病院は過去の検査結果についてさらに調査する。【佐々木洋、福永方人】

(引用ここまで)

無用に騒ぎ立てたことの結果として、地域医療と救急医療が苦しくなりました。これが、現場ばかり攻撃することに血道をあげてきたマスコミのやったことの、一つの結末です。医師に頑張ってもらうために、本当は何をすべきだったのか・・・ネタだけあれば幸せな彼らには、難しい問いかけかもしれませんが。無駄だとは思いますが、この場でも問うておこうと思います。
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