QMA、その他ゲーム以外のことも、つれづれなるままに書いていこうと思います。どんな文章になることでしょうか。
月の光に照らされて
スポンサーサイト
-----------  CATEGORY: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ページトップへ
「シナリオ通り」を許すか、許さないか
2009-03-02-Mon  CATEGORY: 医療崩壊
今回は2回に分けて、ある文章を紹介します。かなり良い文章なので、興味のある方は読んでいただきたいですし、出来ることなら広めてほしいと思っています。

こちらから引用

シナリオ通りの「医療崩壊」

【第51回】

堤晴彦さん(埼玉医科大総合医療センター高度救命救急センター長・教授)

全国212か所の「救命救急センター」のうち、「高度救命救急センター」は2008年12月1日現在、全国に21施設。埼玉県川越市の「埼玉医科大総合医療センター」の救命救急センターは、1987年に埼玉県で2番目の「第三次救急医療施設」として開設され、99年に旧厚生省と埼玉県から全国で9番目の「高度救命救急センター」に指定された。
2007年10月からは、「ドクターヘリ」の運用をスタートさせ、広域の重症救急患者にも対応。「断らない救急医療」を目指し、一次・二次救急患者は年間約4万人、命にかかわる重症の三次救急患者は年間千数百人に及ぶ。
「高度救命救急センター長」として指揮を執る堤晴彦さんは、日本救急医学会で理事を務めるほか、救急医療に関する埼玉県内の協議会に参加するなど、救急医療体制の改善に向けて取り組んでいる。そして、現在も実際に当直を行っている“現役”の救急医。また、医療事故の調査委員会設置について検討する日本救急医学会の委員会で副委員長を務め、厚生労働省の検討会では、「医療安全をやるなら、(刑法学者ではなく)医療側が座長に座るべき」などと痛烈に批判、歯に衣(きぬ)着せぬ発言が話題を集めた。
3月に公開される救命救急センターを舞台にした映画「ジェネラル・ルージュの凱旋」で医療監修を務めるなど幅広く活躍している堤さんに、救急医療の現状や今後の課題などを聞いた。(新井裕充)

■医師の志気が低下

―近年、「医療崩壊」といわれます。

「医療崩壊」が最も顕著に表れている分野は救急医療です。救急医療に携わる医師が急性期型の病院から“逃散”し、その結果、救急病院の告示を取り消す医療機関が増加しています。全国の救急病院(救急告示施設)が過去5年間で約1割減少したことや、救急患者の“たらい回し”が急増していることなどが報道されています。
埼玉県の調査では、救急隊が医療機関に患者の収容の依頼をして5回以上断られた件数が年々増加しています。7、8月の2か月の調査では、05年が403件、06年は985件、07年は1409件と急増しており、事態は悪化しています。

―先日、東京都の関係者が、「埼玉県は医師数が全国最低で病院も少ないのに、なぜ救急がうまくいっているのか」と首をかしげていました。

いえ、決してそんなことはありません。埼玉県でも、救急医療の崩壊は急速に進んでいますので、早急な対策が必要です。先程の調査で分かるように、救急患者の受け入れが困難なケースが日常的に発生しています。“たらい回し”が表立って報道されないのは、救急隊と医療機関との関係がうまくいっているからでしょう。日ごろから関係を密にして、顔の見える関係をつくっているため、救急隊が「たらい回しがあった」と、関係機関に“告発”しないからではないでしょうか(笑)。先日、現場の救急隊員に同じ質問をしたら、「それは埼玉県の救急隊員が粘り強いからですよ」と笑顔で答えてくれました。

―救急隊員と医療側との関係がカギですね。

近年、救急隊員の志気と医師の志気が、ものすごく乖離(かいり)しています。救急隊員は皆元気で、やる気満々です。「救急救命士」の資格ができてから、救急隊員のレベルは確実に向上していますし、彼らはプロフェッショナルを目指しています。ところが、病院の各科に属していて救急を“やらざるを得ない”立場にいる医師は、救急に対する意識が極めて低調です。救急隊員はきっと、心の中でこう思っています。「CTを撮る前に気道を確保しろよ」「最初に血圧をコントロールしろよ」「低血糖に決まっているんだから、CTを撮る前に血糖値を測らなくちゃ」と。「挿管ができない医者は当直しないでくれ!」と思っている救急隊員もいますよ(笑)。
また、救急救命士の判断が当直医より優れていることもよくありますので、このままだと、大変なけんかになる。既にけんかが勃発している地域も全国にはあるようです。わたしは救急隊員に、「今はけんかするな。けんかしても改善するものは何もない」と言って、抑えてもらっています。

―これに対し、医療側の志気はどうでしょう。

「たらい回し報道」もそうですが、国民から責められっ放しです。なぜ、医師の志気が低下しているのでしょうか。救急医療の崩壊が進んでいるのはなぜか。理由はいろいろ考えられますが、大きな原因として、わたしは3つあると思います。それは、「医療費の抑制」「医事紛争・クレームの増加」「勤務医の労働環境の悪化」です。
国が医療費抑制策を進めた結果、多くの病院で、特に救急医療を行っている病院ほど赤字が増大しています。救急告示を取り下げる病院が増えたことで、残りの救急病院に患者が殺到しています。これは、医師に過重な負担を発生させますので、勤務医を辞めて開業する者が後を絶ちません。そうすると、残された医師の負担がさらに増大し、疲弊してしまうという悪循環です。これは、“崩壊の連鎖”と言うべき現象です。

―過労死の問題など、勤務医の過重労働が問題となっています。

皆さん、ご存じないかもしれませんが、医師の労働時間は一般企業の労働者に比べてはるかに長く、夜間の当直料がファミリーレストランのアルバイトさんの時給よりも安い病院もあります。頑張っても給料が安い。救急患者をいくら診ても給料は同じ。それは、救急医療に取り組む病院が赤字になる構造があるからです。
例えば、点滴に使うチューブや注射針などの医療機材は保険請求できません。創傷の処置に用いる大量のガーゼや包帯、尿をためる袋も病院の持ち出しです。心臓マッサージの医療費は、サウナや温泉のマッサージよりも安い。
このほか挙げれば切りがありませんが、医療廃棄物の処理に掛かる月数百万円の費用や、感染対策に掛かる経費も病院の負担です。救急医療をすればするほど赤字になるという、信じられない仕組みです。それに追い打ちを掛けるように、救急車をタクシー代わりに使う軽症患者が増加し、医療訴訟やクレームも増えています。こんな状況では、医師の志気が低下するとは思いませんか。

■「不作為の医療行為」を追及、救急医療が崩壊へ

―医療訴訟も増えているようです。

わたしは、1999年に起きた「杏林大学割り箸事件」の刑事訴追が「救急医療の終えんの始まり」と考えています。これは、5歳の保育園児が綿あめの割りばしをくわえながら転倒して、その割りばしの一部が頭蓋内まで達したために死亡した事件です。事故が発生した当初は、まさか脳内に割りばしが刺さっているとは、救急搬送された病院の担当医はもちろん、専門医にも分かりませんでした。脳内に残った割りばしは、法医解剖をして初めて発見されたのです。
担当医の業務上過失致死が問われた裁判で、検察側は「CT検査をしていれば助かった」「ファイバースコープを行うべきだった」「入院させるべきだった」などと主張しましたが、最終的には、CT検査で割りばしが発見できても救命できなかったと判断され、被告人の医師は無罪になりました。
この事件の最大の問題点は、「不作為の医療行為」の刑事告訴であるということです。これまで、医療訴訟の多くは、血液型を間違えて輸血したとか、消毒薬を静注したという「作為」の医療行為、つまり、実際に行った医療行為に対する責任が問われていました。しかし、「何もしなかった」という点について責任を追及されたら、救急医療は成り立たない。

―「不作為の医療行為」には、ほかにどのようなケースが考えられますか。

例えば、頭痛の患者さんに頭痛薬を処方して帰宅させたが、その後、自宅でクモ膜下出血を起こして死亡したような場合が考えられます。また、患者さんが院内で転倒して頭部外傷で死亡したような場合もそうです。「クモ膜下出血を予想せず、頭部CT検査を行わなかったから医療過誤だ」とか、「看護師が見ていなかったから転倒して、頭部外傷で死亡した」とされては、医療は成り立ちません。
これらはすべて、「死亡した」という結果からの判断です。重大な結果が発生したから刑事訴追の対象になるのでは、医療という営みそのものが成り立たないのです。もし、裁判に負けたら、医師は「犯罪者」となり、億単位の賠償を求められ、さらに医師免許を剥奪(はくだつ)されます。刑事、民事、行政上の責任を負うのです。それだけではありません。裁判には、膨大な時間と労力がかかります。そして、実名報道などで名誉が著しく傷つけられます。
「杏林大学割り箸事件」では、その患者さんを断った病院は複数ありました。断った病院は非難されず、まじめに受け入れた病院だけがマスコミなどからもたたかれたわけです。これでは、患者さんを受けない方が安全に決まっています。わたしは、「不作為の医療行為」が刑事訴追されたこの事件を契機に、多くの医師が防衛医療、萎縮医療に走り始めたと考えています。


―今後、救急医療体制の改善に何が必要でしょうか。

救命救急センターは、救急医療の“最後の砦(とりで)”といわれますが、むしろ“最初の防波堤”にされている感があります。救命救急センターの本来の責務は重症患者の診療です。軽症患者のために、助かるべき命が助からないということがないよう、二次医療機関も本来の二次救急を担える状況に変えていかなければなりません。“コンビニ感覚”で受診する患者を減らすため、住民への普及・啓発が必要です。
一方、救急外来の現場では、「これはわたしの専門分野ではない」と断る医師が増えていることも確かです。例えば、心臓と腎臓に障害がある場合、心臓内科医と腎臓内科医との間で押し付け合うことがあります。大学病院など大きな病院で、内科が臓器別に細分化される傾向があることが原因として考えられます。病院が救急部門を整備しても、専門的な診療をする各科がこのような対応をするなら、その救急部門はいずれ崩壊します。
病院の中には、病院長など病院幹部が「各科から嫌われるようなことは言いたくない」と考え、各診療科の負担増となる救急医療に対し、腰が引けているところがあるようです。救急医療が改善するか否かは、病院長の強いリーダーシップに懸かっていると言えます。

―救急医療の改善には、国の財政的なバックアップも必要ですね。

確かにそうですが、いかなる対策であれ、「人は快・不快や損得で動く」という人間の行動原理を無視しては成功しません。救急の受け入れ拒否をめぐる問題などで、医師のモラル低下を主張する意見も一部にあるようです。しかし、医師に対して、「医師としての社会的使命や倫理」を求めるだけでは何も改善されないでしょう。医師をはじめ、看護師、コメディカル、救急隊員など救急医療を担う医療従事者が「心地よい」と感じる環境や魅力を整備しなければ人は動きません。政策や対策を考える際に重要なことは、理詰めの議論だけではなく、人間の行動原理に配慮することです。

(今日はここまで)

以下、コメントです。
まあ、コメントと言っても、強調した部分だけで十分かと思っています。特に見てほしいのが最後です・・・この問題は医師のモラルのそれではありません。既に医師の先生方は(上のほうで書かれているように)身を粉にしてまで、我々患者たちのために尽くしてくれています。果たして、それ以上のことを患者側が要求していい理由が、どこにあるというのか?

この問いに対する答えは、皆で示していかなければなりません。十分な答えを医療側に示し得てはじめて、救われる価値があると考えます。そうでなかった場合・・・その瞬間に「見捨てられ」「医療難民に成り下がる」末路が確定してしまいます。果たしてそれでいいのか?

次のエントリーは、故意にこの国の医療を破壊しようとしている輩について書いていきます。その邪な心根をしっかり見抜き、心の中にいつでも告発の剣を煌かせ、その悪を断つ・・・その心構えを、忘れないでいたいものです。
スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント2
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
もう救いようがないですね…。
コメント都筑てんが | URL | 2009-11-17-Tue 10:26 [EDIT]
ここまで医師をボロクソに言う人間ばかりじゃ、もう救いようがないですね…。
http://blogs.yahoo.co.jp/hidetogonmomo/22254355.html

本当、医療崩壊は国民の自業自得だと思います。
お返事いたします
コメント鴛泊愁 | URL | 2009-11-18-Wed 00:02 [EDIT]
< 都筑てんが様 >

痛い日記ばかり探してこられるということで、本当にご苦労様です。

世の中総ての事象に当てはまりますが、皆の心の貧しさこそが社会全体の歪みを表現しているように思えます。一部でも悪質な言動をとる患者側の人間が居れば、それだけで全体のレベルや志が疑われるのも、昔からのことです。皆の思考と行動が医療の改善に貢献できるレベルまで到達するのと、日本代表がワールドカップを制覇するのと、どっちが早いのでしょうか・・・気の長い話になりそうです(嘆息)。
トラックバック
TB*URL
<< 2017/10 >>
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -


余白 Copyright © 2005 月の光に照らされて. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。