QMA、その他ゲーム以外のことも、つれづれなるままに書いていこうと思います。どんな文章になることでしょうか。
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(大野事件総括)猛省が必要なのは、患者側だ
2008-09-05-Fri  CATEGORY: 医療崩壊
大野事件に関して、検察は結局控訴せず、加藤先生の無罪が先日無事確定しました。先日こちらでも、検察が控訴しないよう、署名を募集しましたが、協力してくださいました皆さんには何と言っていいかわかりません。心から感謝します。

しかし、無罪判決の日(20日)にも書きましたが、もう医療崩壊の流れが止まることはないかと思います。この事件の本質は無理筋の逮捕・起訴を押し通した警察・検察の横暴であり、つまるところは冤罪です。罪なくして罪を宣告される過ちであり、幸い裁判所がまともな判断を示したから押しとどめられた過ちでもあります。そのことに対する理解が、世間一般であまりにも低すぎると考えています。このような理解しか示せない社会一般に、医師がもう義理立てすることもないでしょう。もう、引き返すことは出来ないかもしれません。

それでも、この機会に何がいけないのか、どうしなければいけないのかを書いておくのは有効かと思います。あまりいい文章は書けませんが、それでも見てくださる方は続きをご覧ください。
< 患者側の無理解① → 治せない病気も存在すること >

以前は、こんな事誰に言われるまでもなく、皆わかっていたことと考えています。しかし医学が進歩し、これまでとは比べ物にならないほど死亡率を低下させたことの結果として、逆にこの「当たり前の事実」を理解しない者が増えてしまいました。病院で医師に治療してもらえば無条件に治る・・・いや、治って「当たり前である」という愚かしい誤解が患者側に蔓延してしまったのは、医療にとって極めて不幸な出来事でした。
こうした考えが蔓延ったことの結果として、不本意な結果になった途端「医療ミスだ!」と騒ぎ立てる悪質な患者が増えました。場合によっては治療できないこともあると事前に説明を受けたにもかかわらず「説明を受けていない。期待を裏切られた!」と喚く者も、残念ながら一定割合存在します。人がナマモノである以上、一定の治療をすれば等しく完治するなどということはありません。そうした事実を理解しようとしない患者側の頑迷に対しては、医療側は何ともしようがありません。

< 患者側の無理解② → 対価の何たるかを理解していない >

医療にも、対価が必要です。薬品や医療機器の購入代、水道や電気などのランニングコスト、医師への支払など、全て揃って初めて医療が成立します。しかしこの基本的な事項すら、理解しようとしない患者がずいぶんと多いように思います。この数年、診療報酬は下がりっぱなしです。それは「これまでと同様の医療を、今後受けられなくなる」ことを意味します。そう考えることが出来るのであれば、ここ数年続いている診療報酬の改定の意味を正しく理解し、「改悪だ!」と政府や与党に吶喊することも可能なはずです。
しかし大多数の一般大衆は、そうしませんでした。これが改革に必要な痛みだと時の首相に言われれば、その通りに「改悪」すら受け入れてしまいました。その結果多くの病院が倒れ、病院から医師がどんどんいなくなっていったのですが、それを医療側の怠慢であるかのように取り扱い、決して我が事と考えなかった。未だに診療報酬のマイナスを「改善」と公言するメディアのレベルもたいした事ありませんが、負けず劣らず患者の意識も低調なまんま。
医師の報酬は、その勤務形態から考えれば決して十分なものではありません。超過勤務が当たり前で、多くの医師は適法な残業代の支払すら受けていません。過労死する医師も、残念ながら存在しています。これらの事実は、ひとえに「診療報酬が不十分であるから」こそ生じているのですが。それを理解している患者側の人間が、一体どれくらいいるものか・・・医療側にこれ以上何かの要求をする前に、患者側の人間はこの事実を直視する必要があります。医療崩壊は、医師の勤労を安く浪費し続けてきたことの報いでもある。それを、決して忘れてはならないのです。

< 大野事件の本質 → 医師を手錠で脅迫する愚 >

上で書いた2つのことを皆が十分に理解しているのであれば、この事件が生じたときに然るべき反応を示したと思います。即ち、現場の先生に責任を帰属させるのではなく、医療に対価を惜しんできた政治のありように対してこそ、批判の石つぶてを投げかけるべきだったのです。しかし実際に行われたのは個人を逮捕・起訴して、あまつさえその逮捕シーンを公衆の面前に晒すという、最大限の侮辱。この悪質な人権侵害について、シーンを放映したメディアも、それを見た一般大衆も、だれも異議を差し挟まなかった。
今回警察や検察がやったことについては、確かに問題が大きかったと思います。確かな証拠もなく、個人を逮捕・起訴して人生を踏みにじったのは彼らの罪です。しかしそれを後押ししている患者側の心理はどうなのか。未だに加藤先生を「人殺し」と悪し様に言いふらす破廉恥漢が、ここかしこに存在しているのも事実です。何かあったら「医療ミスだ!」と定見なく喚き散らす下劣な患者側の人間が多くなったからこそ、このような事件が起こってしまったのだと思います。
即ち、この事件は「自分たちの言い値で安く働かない悪い医師を、手錠で脅迫すればもっと安く働くようになるだろう」とでも考えている世間一般が、その卑しい目的を達成するために惹き起こしたものでもあります。その証拠に、どのメディアも冤罪であることを正しく伝えていませんし、上で述べた2つのことがらについて正しく啓発してもいません。世間の側も「無罪になってよかったね、これで医療ミスもしたい放題だし」なんて放言する始末。

< 報いは、然るべき形でやって来た >

その報いがどんな形でやって来たか、皆さんはご存知と思います。極限まで安く扱き使われ、仲間を過労死で失ってまで患者たちに尽くしてきた結果がこの程度と知った医師の先生方は、次々と現場から離れていきました。それも、リスクの高い産科・小児科・救急といった場所から。医師は患者の変化に、とても敏感なものです。当たり前のことです・・・毎日どれだけの患者を相手にしているか。卑しい心根の患者が多くなったことも、経験で正しく理解しています。
大野事件以降、産科の集約が進み、地方都市ではお産が出来なくなりました。産科医の数も減少する一方で、しかも研修医は産科をあからさまに敬遠するようになっています。この事件、大学を受験する学生すら知っているようです・・・それほど、この事件の悪影響は大きかったのです。全て、皆がやってきたことの当然の報いです。即ち、医師を安く扱き使い続け、都合が悪くなれば全ての結果を医師のせいにしてきたことの惨めな結果が「医療崩壊」なのです。

< では、どうするべきなのか >

冒頭でも書きましたが、もう遅いと思います。医師の先生方は(人によって温度差はあるのでしょうが)、もはや患者側の人間に信を置いていないと考えていいでしょう。一部クソ患者が持っていると主張する「医療不信」など比べ物にならないほど深いレベルで、患者を信用していない。自分たちのためなら医師たちは無条件で安く奉仕する義務があると無邪気に考え、都合が悪くなれば責任を医師のみに押し付けようとする患者たちのことなど、信用する価値もない。先生方の心がここまで傾いてしまった以上、止めることは誰にも出来ないと思います。
どうしてもこの流れを止めたいのであれば、まず自分たちがしてしまったことがいかに重大な過ちであったか、正しく理解すべきです。診療報酬を下げ続けたことの結果として、受けられる医療の質が低下していることを(ついでに書くと、そのような選択をしたのは他ならぬ自分たちであることも!)。事あるごとに医師を社会全体でつるし上げ、リンチを加えてきた自らの卑しさを(煽ったのはメディアですが、それを是認している我々も同様に低劣な存在である!)。自己批判が十分でないうちは、誰にも戻ってきてもらえない。その覚悟が出来ている人間が、あまりにも少ないように思います。

少なくとも、今回のように前線で明日なき戦いに追われている医師を手錠で脅迫し、無理やりにでも自分たちの望む医療をさせようと患者側の人間皆が考え続けるのであれば・・・これからも医師の立ち去りは続くでしょうし、行き着く果ては医療難民としての末路です。そんな末路、誰も迎えたくないでしょう・・・?

考えるべきは、医療側ではなく我々患者の側です。何がいけなかったのか、どうすべきなのか、そして・・・どうしたいのか。この事件がそのきっかけにならなければ、ただの茶番ですし、だとすれば犠牲となった加藤先生が哀れでなりません。だとすれば、とても悲しいことではあります。
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コメント

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コメント名無し | URL | 2009-08-10-Mon 17:15 [EDIT]
記事を読んで至極同感いたしました!!
>「もう遅いと思います。」 
信じたくはないけど、あなたの仰る通りでしょう。
悪待遇の中、今までも医者は患者のために散々無私の精神で働いて来た。そんなお医者様のプライドを粉々に踏みにじっておいて、「これからも頑張って下さいね。」っていうのは無理があるでしょうね。医者は仏様じゃない。個を持った一人の人間なのだから。
とは言いましても、なな先生のようなお医者様が居られることもまた一つの事実です。あの方は正に仏様ですよ。悟りを得られているとしか思えない。
日本の医療が本当に崩壊する日。それは、なな先生のようなお医者様がこのろくでもない国に心底愛想を尽かし、お医者様であることを辞めてしまう日です。その日がやってこない事を祈ります。
ここからは余談になりますが、大野事件を含めた一連の医療バッシングは一種の魔女狩りですよ。ナチスのユダヤ人虐殺とも本質は同じです。このような集団ヒステリーはいつの時代にも散在します。そして数十年経ってようやく「なんて間違った事をしたんだ。」と気づく。人間なんていつの時代においても愚かな存在ですよ。今の世の中は魔女狩りの時代から全く変わっていないという事です。ただ、魔女狩りの形態が変わっただけ。この国の教育水準を考えれば至極当たり前な事なんですがね。そう考えれば、何だか割り切れる気がしませんか?魔女狩りが再燃しない事を祈ります。

お返事いたします
コメント鴛泊愁 | URL | 2009-08-10-Mon 18:18 [EDIT]
< 通りすがりのコメンテーター様 >

コメントありがとうございます。この問題について一定以上の理解を示すようになると、いやでもこういう結論になってしまうという一例だと思っていただけたら嬉しいです。

不動明はご存知でしょうか(デビルマン、のことです)。彼は人間に愛想を尽かし、人間たちのために闘うのをやめてしまいました。そういう選択を医師みんながするようになったらと思うと、背筋が寒くなります。

皆が「間違いに気づく」のであれば、まだいいのですが。多分行き着くところまで行き着いたその後に「逃げた医者が悪い」と言い出すことも、考えなければいけないのかも。既にその兆候、現れています(医師のいない地域に、強制配置を主張する輩がずいぶんいるみたいですし)。夜明けは遠いのかもしれません。
コメントancomochi | URL | 2009-08-11-Tue 22:51 [EDIT]
手遅れだと私も思います。

ハイレベルの医療を安くいつでも受けられる幸せを自覚せずにさらに上を求める非医療者。そのうえ、「逃げるなんてそれでも医者か!医者は聖職者なんだから患者に身を捧げるべき」といわんばかりの強制配置論。

患者である自分たちは負担を背負わず、医師にだけさらなる負担を背負わせようとする姿勢を改めなければ、ますます医療崩壊は加速します。

今まで医師たちにだけ負担を背負わせてきたのだから、手遅れだとしても我々非医療者全員が当事者意識を持って負担を負わなければいけないと思っています。コストと一部アクセス制限という痛みを背負わなければ。

手遅れだとしても、私は自分にできることがあるうちはみっともなくても足掻こうと思っています。
再びのお返事です
コメント鴛泊愁 | URL | 2009-08-13-Thu 19:23 [EDIT]
< ancomochi様 >

皆、身勝手が目に余るようになってきています。医師の強制配置云々も、そのひとつではないかと思います。患者側が身勝手を振りかざすのであれば、当然ですが医療者側もそうすることになるでしょう。医療側が「保険医療からの総退出」で報いるようになったとしたら・・・考えるまでもないかと思われます。

あがくのは確かに必要かと。自分もそうします・・・ただし皆の幸福のため、という気持ちは薄れてきています。行き着くところまで行き着いたとき、自分はこれだけのことをした(にもかかわらず、皆が無視したからこうなったのだ!)という証明を残しておくのは有意義だと思っています。
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