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どうやら医師は、人扱いされていないらしい
2008-07-12-Sat  CATEGORY: 医療崩壊
正確には、労働者としてまともに扱われていないといったところでしょうか。こちらから引用しました。

高知新聞の特集「医師が危ない」より

高知医療センターの医師の一カ月の残業が二百時間という激務を、監視役の高知労働局(高知市南金田)はどう見ているのか。私の問いに幹部は言葉を選びながら答えた。

「もちろん問題がある可能性はあります。八時間を二十五日働くと二百時間でしょ。一カ月で二カ月分勤務しているようなものですから」

時間外労働は労使の合意、いわゆる三六(さぶろく)協定を結び、割増賃金を支払い、医師による健康指導などを受ければ認められる。月の上限は原則四十五時間だが、場合によっては特別条項で百時間を超えても違法ではない。

―しかし、いくら特別条項でも二百時間は許されないでしょう。

「場合によっては法令違反ではないこともありますが、過重労働の防止という点からは当然、好ましくない。改善してもらうべきでしょう。ただ、人命を救うという職責から、結果的に長時間残業もやむを得ない場合があるかもしれません

苦しむ患者を目の前に救命救急センターの医師が「残業が多くなるから緊急手術はできません」とか「次の始業時刻まで待ってください」とは言えない。かといって、医師も過労死するために働いているわけではない。

それに、もし、高知医療センターの脳外科医が不幸にして過労死したら、病院の責任はもちろん問われるが、労働局も「公然と見過ごした」と批判を受けるのではないか。

そう質問すると幹部は、「守秘義務があり、個別事案については調査に入っているか否かも言えないし、指導や勧告をしたとしても原則的には公表しないんです」。ただ、今回の新聞報道については「情報源の一つとして重く受け止めている」と言った。

この残業問題はどこに尋ねてもあいまいで、よく分からない。高知医療センターの医師ですら「労働条件なんて考えたこともないし、一つの病院に長く勤めようなんて、今まで想定してなかったから」。

公立病院の勤務医の多くは大学の医局に属していたため病院への帰属意識が薄い。また、「九時―五時」の仕事では自分の成長につながらないのも事実。「長時間の残業はある意味、当然」の雰囲気が強い。

また、高知大付属病院の倉本秋病院長(57)も「平成十六年に独立法人化する前、私たち国家公務員は労基法の適用外だったんです。人事院の監督下だったから。ところが、法人化した瞬間、適用です。同じことやってるのに、不思議ですね」と話すほど。勤務医の過労死は近年、裁判で認められるケースが出てきたが、絶対的医師不足の中、改善の気配は薄い。

そんな中、医療崩壊の危機を全国で説いて回るビッグネームの現役外科医が六月半ば来高した。

「誰が日本の医療を殺すのか」という過激なタイトルの本を著した埼玉県済生会栗橋病院の本田宏副院長(54)。論旨は山形大の嘉山孝正医学部長とほぼ同じ。医療費亡国論に端を発した政府の情報操作による医師不足のからくりを、非常に分かりやすく語った。講演後、私は質問した。

―残業二百時間の世界を赤裸々に書いても、世間も医師自身も、人ごとのように思っているような気がします。

すると本田医師も「そこが日本のクレージーなところ。私の悩みです。若手の勤務医は忙し過ぎて、残念ながら関心が低い。私がこうやって話しているのは、『やっぱり僕らはおかしいんじゃないか』という共通認識を一人でも多くの医師に広げたいからなんです」。

そしてこうも言った。

日本の医師の一番悪いところは、休みを主張せず、疲れ切るまで頑張って、いきなり一斉に辞めちゃうこと。今、あちこちで起きてます。これが本来は、住人にとって一番迷惑なんですね。まじめ過ぎるというか聖職者意識が強い。ある意味、社会性が乏しいと言えるかも」。そう言う彼自身、週末は講演で埋まり休みはない。


原文はこちらです

強調した部分ですが、結局こういう認識しか役所の人間は持っていないということでしょう。医師の超過勤務は集中力の低下の原因であり、それは患者の安全に直結する極めて危険な因子です。そのことに対する理解力の、何と乏しいことか。あるいは、この問題について全く理解のない一般人が「死ぬまで働け。そしたら安く医療を使い続けられる」と言い放つのに似た、汚いエゴなのか。まあ、国全体で「医師は死ぬまで安く扱き使う」と公言している以上、それに反する発言は一官吏に許されていないのかもしれませんが。

何度か書いたことですが、復習です。低医療費政策は、さまざまな形で、現場に無理を強いています。ここで取り上げたのもそのひとつ。十分な報酬を医師に払えないような診療報酬である限り、医師は死ぬまで働き続けるほかありません。そのように、国は仕向けています(だから、上に書いた文章の表現になります)。そしてそのような行為が続いているのは、結局のところ政治が悪いからであり、突き詰めて考えれば最後は全ての有権者に責任が及びます。つまり、有権者として「医療は要らない」という意思表示を、選挙のたびにしてきたことの、当然の結果です。

後期高齢者医療制度も、同じ理由で創設された、実に卑しい動機を持つ制度です。医療費、もっと言えば医療が国に必要でない以上、医療費のかかる高齢者は「切り捨てなければなりません」。それが、この制度の目的です。天引きが問題になっていますが、本当に恐怖すべきはその後です。今後、この制度が続く限り、高齢者は限られた医療しか受けられません。何かあったらすぐ生命の危機に晒される、といったことさえ起こりえます。しかし、選挙で現与党を支持した大罪を背負う有権者は、その報いを受けなければなりません。それが「当然の結果」という言葉の、本当の意味です。

まず有権者として、基本的なスタンスを決めるところから始めなければなりません。医療が自分にとって必要か否か。必要であったとして、そのために自分はどこまで対価を支払うことが出来るか。その支払は社会保険としてなされるべきか、あるいは自己責任とすべきか。今の有権者はそれすら行わずに、ただ漫然と医師が立ち去るのを見て不満を言うだけ。その限りにおいて、この国の有権者は将来、遠からぬ先に医療難民となる末路をたどることになるでしょう。そうならないだけのことを、皆が考えてやらなければなりません。この問題、人事ではなく我が事と思わなければ先のことなどありえません。それは、絶対に、絶対です。
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