QMA、その他ゲーム以外のことも、つれづれなるままに書いていこうと思います。どんな文章になることでしょうか。
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救われる価値がない
2007-10-11-Thu  CATEGORY: 医療崩壊
表題ですが、そのように感じました。

今日付けの新聞から、勝手に引用しました。問題となる点を、自分なりに探しながら読んでみるといいと思います。

未収金:「払わなくても受診できる」浜松の病院、うわさ拡大し5770万円

浜松市中区の総合病院「県西部浜松医療センター」(脇慎治院長、606床)で06年度、患者からの未収金が5770万円に上り、同年度末の累積債権が9189万円にもなっている。市内では「公的な病院だから医療費を払わなくても受診できる」とのうわさが広まっており、それが一因という。市から運営を委託されている市医療公社は「一部の不払い者のせいで医療サービスに影響が出かねず、ゆゆしき事態だ。市の債権回収対策課と連携することも検討しており、悪質なケースには強い態度で臨む」としている。

病院は市が設置しており、市健康医療部の担当者によると、数年前から「あの病院はお金を払わなくても平気」「昼より夜に行った方がいい」などといううわさが流れ始めた。特に06年から激しくなったといい、会計処理のできない夜間や救急での診療に対する支払いを督促しても「どうせ税金で何とかなるだろう」などと拒否され、中には出産で入院中にこっそり抜け出して行方不明になる人もいるという。

未収金は04年度3200万円、05年度3850万円と増え続け06年度5770万円に。07年度も減る気配はないという。

明らかになっている06年度の累計は、決算時点で時効になっていない04~06年度分の患者593人分で、1人当たり約15万5000円。外国人とみられる患者も72人おり、医療費が高額になりやすい産婦人科の未収が目立つという。

同病院の年間収入規模は06年度は124億円で、直ちに経営に支障が出るわけではないが、市医療公社は「このまま増えれば、必要な資材が買えないだけでなく、職員の給与にも響きかねない。回収も強化するが、受診者のモラルにも訴えたい」としている。医師法は、医師は訪れた患者の診察を原則断れないと定めており「持ち合わせがない」と言う患者がいた場合はクレジットカードがあるかを聞いてカード払いの導入も検討している。【竹地広憲】

毎日新聞 2007年10月11日 東京朝刊


医療費の踏み倒しは、かなり深刻な問題です。中には本当に払えない人もいるのでしょう。しかしこういうのを目にして思うことは、ずいぶん卑しい人間が増えたものだな、といった感じの虚無感です。受けたサービスに対する対価を支払おうとしない、最低の患者がかなり目立つようになりました。そういう手合いに限って「医療はサービス業」と勝手に喚き散らし、相手に無限大のサービスを要求し、支払いを求められると「医は仁術」なんて都合よく口にするものです。

少なくとも、この地域の住民に、医療を享受する資格はないと考えます。特に問題となるところを、自分なりに列挙していきます。

・ 治療代の支払いを、ありとあらゆる方法で拒もうとする姿勢
・ わざわざ夜間にやって来て、無用に現場を混乱させていること
・ こうした姿勢をたしなめる雰囲気が、社会に全くないこと

要するに、社会全体で医療(すなわち、医師の労働です)を買い叩こうとしているわけです。何かあったときに診てくれる医師の先生方にここまでするのだから、よほど程度の低い人間が多いという考え方も出来ます。あるいは、危機感が欠如しているか・・・いずれにしても、評価の対象外です。

別にこの地域だけが問題とは思いません。昨日の新聞に、こんなことが書いてありました。こちらも見ていただければと思います。

http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20071010p202.htm

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20071010-OYT8T00204.htm

共通するのは、患者側の卑しさです。医療を制度と考えるなら、現場の医師を無用に煩わせず、もはや限りのある医療資源(主に人手)を無駄遣いせず、必要な対価はしっかり提供する(せめて、自己負担くらいはちゃんと払うこと)必要があります。医療をサービス業だと勝手に規定することにより、自らの社会的責務を都合よく放棄する精神態度がここまで蔓延れば、結果は・・・医師の離反と医療の死滅です。

まあ、そうなったとしても仕方ないのかもしれません。所詮その程度の住民は、救われる価値がないと言ったとしても、罰は当たらないでしょう。最低限の対価すら支払わない者に、分不相応なサービスを提供し続けるほうが、問題あると思います。彼らには、現場で頑張ってきた医師に離反され、何かあったときに誰も診てくれず、野垂れ死にする結末が待っていたとしても、それは自らが選んだ当然の結末というものです。

救われたければ、それに相応しい患者にならなければいけません。この国で医師は、もうどこでも不足していることが明らかになっています。助けてもらいたければ、そうしてもらえるだけの患者、そして地域住民であることを、自らが示し続けなければなりません。それが出来るかどうかで、地域の未来は変わると思います。

自らの未来を、その浅ましい行いで壊してしまうとしたら、それこそ救われる価値がありません。それは、絶対に、絶対です。
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