QMA、その他ゲーム以外のことも、つれづれなるままに書いていこうと思います。どんな文章になることでしょうか。
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刺客狩り、大失敗!
2010-08-31-Tue  CATEGORY: AnAn
表題ですが、読んで字のごとしです。今日は仕事が終わってからずっとラウンドワンで押してましたが、1度遭遇した刺客を斬り損ね、あえなく帰還となりました。こんな時は、このセリフで。

・・・堪忍袋の緒が切れました!

・・・ここらが我慢の限界よ!


よりによって苦手形式で固められ、出題運もなく、まったくいいところがなかったです。今日は昨日に続き、メンバーは刺客目的の人が多かったのかやたらと濃く、しょっちゅう連敗してリーグ陥落を味わっています。SS3までは落ちてないのでまだマシですが。タイトルはいくつか取れましたが、評価がSSでないと取れないものも複数あり、8月はあと一歩の感じがします。

来月ですが、とりあえず出題形式関連のタイトルはたくさん獲得したいです。あとは、ジャンルポイント・・・今日はタイポのオンパレードでした。明日からはタイポのダメージが小さくなるので、かなり積極的に押せそうです。皆さん同じ考えでしょうが(汗)。VIPは明日までなので、明日はしっかり押します。

現在の状況・・・約2300万パワーです。順調なら、明日B級プロのライセンスを受けることになります。今日までのメンバーは濃いことが多かったので、かなり戦々恐々です。みなさん、どうかお手柔らかに。
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8月末、クイズ三昧の月末です
2010-08-30-Mon  CATEGORY: QMA
8月末ですが、予定されていた通りのクイズ三昧です。

28日 → 名匠戦(文系)
29日 → AnAnウルトラクイズ塔登り
30日と31日 → AnAn恒例の刺客商法

ずいぶんな物言いも含まれますが、実際その通りなのだから仕方ありませんねぇ(笑)。

さて、28日ですが、楽しみにしていた文系大会です。1回戦の選択形式は順番当て・・・今バージョンになってから、文系はこれと決めていました。ただし、予習回数はきっちり14回。☆だけ集めてあとはほぼ実力テストモードでした。相手は実力のあるピザーラさんで痺れましたが、いい問題引けて全問正解で代表決定です。ここだけは文系本職の人間だけに、かなり本気になっていました。
本戦ですが、準決勝で敗退しています。ここは1位抜けプラス惜敗率1人なのですが、よりによってQMA文系学問世界の始まりと終わりを司るラギュ・オ・ラギュラことペトラさんを引いてしまうツキのなさ。しかも前の対戦で1問差以内の激戦でした。間違えたらアウト、おまけにわからないからと考えている暇すらありません。いつにも増して早めを心がけましたが、案の定差をつけられる問題を引き、ここで終戦とあいなりました。

仕方ないので、いつものアレです。

おのれ・・・ブルコギドンさえあれば!

誰もがしびれる、ブルコギドンさえ完成していれば!

身震いするほど腹が立つッ!


・・・いつも同じネタですみません。

まあ、今作になって予習回数が激減して戦力ダウンしている割には、いい成績だったともいえるわけで。次以降、しっかり予習していいところをお見せしたいものです。

そして日曜日は塔登り。金曜日はサープラで時間をつぶしていたので、この日しか登る時間はありませんでした。しかも最初はコンピュータしか引きませんで、とにかくなかなか快調にフロアを積めないじれったい展開に。あせって自滅、余計にイライラ感が募る状況でした。何とか110階くらいまで登ったところで負けがこんできたので終了。今日確認しましたが義兄弟にはフロアが上過ぎたようです。残念!
今日は今日とて刺客商法に釣られ、かなり厳しい対戦のオンパレードでした。前日の塔登りでタイトルが300になり、VIPカードがもらえたのは幸運でした。かなりクイズ力が上がってこれはよかったのですが、なかなか決勝に残れなくて。妙に今日のメンバーは濃いのではと思う状態でした。多分皆さん、刺客が釣れなくて同じイライラを抱えているのかもしれませんねぇ・・・こちらも引けなかったのであまりハッピーではありませんでした(汗)。全国王者に勝てたのだけはうれしかったのですが。

多分明日も、アンサー協会員の仕事はやると思います。VIPの期限は9月1日なので、それまではこっち中心です。何とかいい対戦ができればと思います。というより、早く刺客出てこいッ!

最後に・・・今日の最終クレ、逆転ラウンドで明らかに空気の問題をほかの人に押され、その人がタイポしたせいで逆転され、予選落ちになりました。よくある光景とはいえ・・・こんな問題を間違うなんて!

今日は、新しいネタで締めます。

やろう・・・ぶっころしてやる!

・・・お目汚し、大変失礼しました。
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(ホメオパシー批判・2)紛い物には、退場してもらった方がいい
2010-08-25-Wed  CATEGORY: 医療崩壊
ホメオパシーですが、科学的に有効性が極めて疑わしい代物です。しかも死亡例が出てしまいました・・・これではその価値を否定され、批判されても仕方ありません。

今回は、こちらを引用します。

8月25日朝日の記事より

ホメオパシーは「荒唐無稽」 学術会議が全面否定談話

通常の医療とは異なる民間療法「ホメオパシー」について、日本学術会議(会長=金沢一郎東大名誉教授)は24日、「科学的な根拠は明確に否定され、荒唐無稽(こうとうむけい)」とし、医療従事者が治療で使わないよう求める会長談話を発表した。山口市の女児ら死亡例が出たことを重視。通常医療から患者を遠ざける懸念があるとして、一般に広まる前に、医療現場から排除する必要があると判断した。科学者の代表機関が、特定の療法を否定するのは極めて異例だ。

金沢会長が会見で発表した。日本医師会や日本歯科医師会、日本獣医師会など6団体も談話に賛同し、会員に周知する方針だ。厚生労働省は、普及団体について、医師法や薬事法などの観点から注目し、情報収集を始めた。

会長談話では「ホメオパシーが医療関係者の間で急速に広がり、養成学校までできていることに強い戸惑いを感じる」とした上で、「治療効果は明確に否定されている」と指摘した。さらに「今のうちに、医療現場から排除されないと『自然に近い安全で有効な治療』という誤解が広がり、深刻な事態に陥ることが懸念される」として、医療関係者が治療に使うことは厳に慎むよう呼びかけた。一方で、「十分理解した上で、自身のために使用することは個人の自由」としている。

学術会議の唐木英明副会長は「(ホメオパシー治療で使うのは)『ただの水』で『副作用はない』のはもちろんだが、科学的に全否定されているものを医療従事者が使えば、患者を通常の医療から遠ざけかねず危険だ。『ホメオパシーは効かない』というメッセージを伝えることが重要と考えた」と説明した

日本学術会議は、約84万人の科学者の代表として選ばれた210人の会員と、約2千人の連携会員からなる日本の「頭脳集団」。政府に対する政策提言や社会への啓発などを行う。

皇室医務主管で神経内科医の金沢会長や、東大名誉教授(毒性学)の唐木副会長らが約1年半前から、この問題を議論してきたという。今年に入り、ホメオパシーを受けている人の中で通常の医療を拒否して、死亡したり症状が悪化したりした疑いの濃い例が相次いで表面化した

山口地裁では5月、新生児が一般に投与されるビタミンKを与えられず死亡したとして、ビタミンK投与の代わりにホメオパシー療法を行った助産師を相手取り損害賠償を求める裁判も起きている。こうしたことを受けて、学術会議では急きょ、会長談話を出すことを決めた

談話の根拠として、2005年に英医学誌ランセットで発表された治療上の効果はないとする論文などを重視した。「物質が存在した記憶を水が持っている」などの主張も荒唐無稽だと指摘。英国下院科学技術委員会が出した科学的根拠がないとする勧告や、英国医学会が出した「ホメオパシーは魔術」という宣言も参考にした。

国内では主に1990年代後半から、日本ホメオパシー医学協会など複数の団体が実践、普及を進めている。同協会は、この療法を指導、指示するホメオパシー療法家の養成学校を北海道から沖縄まで全国7カ所に設置している。利用者数など詳しい実態は分からないが、食品添加物や農薬など化学物質を避けようという「自然派」志向の女性らの間で広がっている。雑誌などで「効果」をPRする著名なタレントや歌手、俳優もいる。治療に導入している大学病院もある。医学協会は、計20以上の診療所や歯科医院、動物病院と提携している。(岡崎明子、長野剛)



会長談話について、日本ホメオパシー医学協会は「ホメオパシーの治癒効果は世界中で広く認められている。きちんと調査することもなく、荒唐無稽と断定する極めて非科学的な態度にあきれている。世界的にも普及しており、日本学術会議の見解、認識は世界の情勢と著しく乖離(かいり)している」などとするコメントを寄せた。



〈ホメオパシー療法〉植物や昆虫、鉱物などの成分を限りなく薄めた水にして砂糖玉に染み込ませた「レメディー」を、飲み薬のようにして使う民間療法。がんや皮膚病、精神疾患などほぼすべての病気を治療できる、と普及団体は主張している。

欧州では200年の歴史があり、一部の国では公的医療保険も適用されてきた。しかし、治療上の効果はないとする研究が相次いで発表された。ドイツでは2004年から保険適用をやめた。

(引用ここまで)

学術会議の談話については、こちらです。

日本学術会議の談話

ホメオパシーには、重要な問題があります。前回のエントリーの中から、とくにポイントとなる部分を引用します。

(引用開始)

だが女性は「今までのホメオパシーの努力が無駄になる」と拒み続けたという。

5月には外出も困難に。激しい胸の痛みに母親(69)が救急車を呼ぼうとすると、「>西洋医学はダメ」と最後まで拒んだ。

さいたま市では昨年5月、生後6カ月の男児が体重5千グラム前後の低体重のまま死亡した。両親は助産師の勧めでホメオパシーに傾倒。市によると、病院での男児のアトピー性皮膚炎の治療や予防接種も拒否していたという

市児童相談所は、病院の受診拒否などを虐待と判断。保健師の指導で男児が4月に入院した際、両親が連れ戻さないよう病院に要請していた。

ホメオパシーでは、病気の症状が重くなっても、自然治癒力が増した証拠の「好転反応」ととらえる。これが患者を病院から遠ざけているとの指摘がある

(引用ここまで)

ホメオパシーに傾倒した患者の傾向ですが、既存の医療を拒否する人が多いです。言い方を変えれば「ホメオパシーは、患者から選択肢を奪っている」わけで、それが最大の問題です。その結果、前回のエントリーでも採り上げられていたように「手遅れになる」のです。この結末について、日本ホメオパシー医学協会の面々はどのように言い訳するつもりでしょうか。実際に起こった患者の不幸に対して、今なお彼らは反省の態度を示していません・・・このことを、どのように評価したものか?

まあ、すでに「染まってしまった」人たちは、これでも考えを改めないでしょう。問題は、彼らがこのホメオパシーに基づくまがい物の治療を子供に押し付ける点にあります。子供は治療方法を選択できません・・・原則として、親次第です。親が間違いを犯せば、子供の不幸につながるのですが。そこまで考えた人、果たして「信者」の皆さんにどれほど理解が及んでいるか、疑問です。

今回のアピールは、それを思えば非常に有効で、ありがたいものです。今後毒の強いホメオパシーに傾倒する人間は、よほどの愚か者以外いなくなるでしょうから。我々外部者としては、適切な治療法を患者が随時選択できるよう、その障害となるものは徹底的に排除してもらいたいものです。
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(移植と報道)マスコミには、むやみに個人情報に介入させるべきでない
2010-08-24-Tue  CATEGORY: 医療崩壊
脳死に関連する臓器移植ですが、1例目を確認してから、妙に速いペースで2例目以降が発生しています。これで問題となるのは、臓器移植を引き受けることになるスタッフ・・・その多忙は容易に想像がつきます。移植に携わるスタッフは家族の意思確認など、負担になる作業が多いのでとても心配ではあります。

しかしもう一つ、重要な問題があります。

(引用開始)

2010年8月23日 提供:共同通信社

近畿地方の病院に入院していた男性が19日、脳死と判定され、心臓や肝臓などが提供された。改正臓器移植法の下では2例目だが、1例目と同じく重要な事項まで「家族の意向」で公表されず、情報公開は旧法時代より後退した印象を受ける。移植医療に欠かせない国民の理解促進のために、家族のプライバシーや心情に配慮しつつ、情報の開示を進めるべきだ
改正法の特徴は、本人の意思が不明でも家族の承諾で臓器提供できるようになったこと。本人の書面による意思表示が必須だった旧法に比べ、家族が決断に至る経緯や、本人に拒否の意思がないことの確認プロセスの重要性が増した。
だが、1例目で日本臓器移植ネットワークは、提供を切り出したのが病院か家族かは「答えられない」とし、今回の2例目では移植ネットが公表の基本項目と位置付けている死因(原疾患)も伏せられた。
さらに、旧法下では約80%のケースで明らかにされてきた病院名が非公表となり、病院も会見に応じなかった。いずれも家族の意向を理由にしているが、情報不足は否めない
脳死移植は情報の秘匿と公開のバランスの上に成り立っている。提供者や移植を受ける患者の特定につながる要素が非公表なのは、両者の間で金品のやりとりや精神的な負担が生じるのを防ぐためだ。
一方で、他者の死を前提とした特殊な医療であり、国民の理解がなければ実現しない事情がある。このため、一定の情報を公開して透明性を高め、信頼を積み上げてきた。
改正法施行後の2件は、残念ながら秘匿に傾きすぎている。少なくとも、提供の選択を病院、家族のどちらが、いつ提示したかといった基本的な経緯はオープンにすべきである。
精査は、厚生労働省が専門家でつくる「検証会議」で行えば十分との考え方もあろう。しかし、改正法施行後1カ月余りで2件というペースが続けば検証は追いつかず、情報不足が続くと透明性は保てなくなる恐れがある。厚生労働省と移植ネットは、情報公開の在り方を見直してほしい。
家族の同意に関係なく自ら明らかにできることもあるはずだ。例えば「脳死にならないよう治療を尽くしたか」という点だ。最善の治療を行うことは脳死移植の大前提であり、答えられるのは主治医しかいない。全力で救命措置に当たったと推測するのと、主治医が語るのでは重みが違う。病院名を伏せ匿名で会見することも検討すべきだ
改正法施行で15歳未満の子どもからの臓器摘出が可能になった。同時に、18歳未満では虐待がないことを確認する義務が発生し、説明責任はさらに増す。その時に「把握していない」「言えない」では、移植医療への信頼が大きく損なわれることになる。

(引用ここまで)

共同通信に限らず、この件ではマスコミがやたらと情報の公開を強く求めています。私見ですが、この要求は図々しいものであり、受け入れるべきではありません。以下で理由を書いていきます。

まず、彼らマスコミが欲しているのは真実ではありません。彼らは知る権利のために、このような主張をしているわけではありません。単純な動機です・・・彼らはネタがほしいだけです。ついでに書くなら、途中の過程で問題になりそうなことがあれば、皆で集中して書き立てる材料がほしいだけの話です。彼らは基本的に医療及び医療問題に関しては無知で、適切な意見の表明など期待できません(これまでの医療に関する各報道から、この結論を導き出すのはさほど難しくありません)。彼らに余計な情報は、与えるべきでありません。
次に、この件に関して家族が強いられる決断は、とても重いものです。身内の生き死にを決めるよう要求されるわけだから、当然です。軽々しく決められないし、その結論を後悔することだって、きっとあると思います。これを外部に公表すれば、家族は必ず外部からの大きな反響にさらされます。家族をこのような目に遭わせるような主張を、社会の木鐸を自称するマスコミが率先して行うべきではありません。
ついでに・・・医師は職業的専門家として、患者の情報を保持する義務があります(守秘義務)。解除してもいいのは、正当な理由があるときだけ。ただの外部者たるマスコミが、土足で踏み入っていい領域ではありません。

医療者及び医療の現状を理解する者は、大体マスコミを信用の対象にしていません。上で少し書きましたが、彼らは大淀病院事件でいったい何をやったか。根拠なく医療者の対応を不誠実だとなじり、ありもしない医療不信をあおり、その結果奈良県南部にお産を取り扱う医療施設がなくなってしまいました。地域住民を不適正な報道で医療難民に追いやった彼ら自身の不正については、いまだまともな自己批判も総括も行っていません。そのような彼らマスコミの介入など、有害無益でしかありません。
彼らは医療者に情報の開示を求めるより前に、自分自身の過去の報道態度をしっかり総括すべきです。彼らは自分の報道が社会に貢献していると錯覚しているようですが、この件(医療問題)に関する限りまったく当てはまっていません。もっと本質的な部分をとらえた報道をすべきだし、そのために必要な最低限の見識をマスコミ関係者は持っていなければならない。何かあるたび医療者を目の敵にしてきた彼らに、まとも以上の可能性など医療者は誰も期待していません。彼らの厳しい目線を、もっとマスコミは自覚するべきです。

この問題は、プライバシーに関する権利の方がよほど重要です。知る権利の前に、家族のプライバシーをもっと考慮して物を言うべきです。マスコミ関係者は、自らのエゴだけで主張を行わないことです・・・彼らが本当に「公益」を重んじているのであれば。無駄だと思っていますが、最後にこれだけは書きのこしておきます。
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クイズゲーマーの、熱い夏はまだ・・・
2010-08-23-Mon  CATEGORY: QMA
続くと思っています。事務所のイベントが入ったため21日の賢鉄杯は無念の回避でしたが、その代わりに22日は弁天町(大阪)大会に出ています。久々の実戦でしたが、無事優勝できました。ノンジャンル限定戦で、形式は何でも構わなかったのでタイピング一本で勝負しています。14人の大会だったのですが、メンバーは概して高レベル。決勝はリードを許す展開も、最終セットで逆転できました。
優勝賞品ですが、巷で人気の「ラブリーシーツ」でした。シャロンとリエル、好きなほうを選ぶのですが、こういう場合はリエル一択です。すみません・・・ツンデレとその亜流は、あまり好きでありません。もし登場していれば当然クララ以外あり得なかったわけですが。来シーズン以降にしか実現しないでしょうから、今はこちらで我慢しておきましょう。これで次、クララが戻ってこなかったら・・・

「撲滅せよ! 撲滅せよ! ○ン○イを血に染めてやれェ!」

・・・お目汚し失礼しました(いきなりですが)。

まあ、何にしても難しい試合を頑張って、いい結果になったのでそれはとてもハッピーでした。その後参加者の皆さんと一緒に洞窟潜り(あと一歩で20階クリアを逃しましたが)、ついでにお食事、更にいろいろ歓談させていただきました。普段はできない深いレベルの話題もさせてもらえましたし、皆さんとてもありがとうございました。

・・・最近、あんあんの方がプレー回数は多いです。すでにライブの優勝回数が、くま7の優勝回数を上回る始末。剣士姿のセミ姉さんも、少しずつ気に入ってきました。これはいよいよ、アカデミー生徒としての曲がり角かと思われる状況ではありますが、スタートダッシュ期はタイトルなど動機がたくさんあるので当分飽きることはなさそうです。
ウルトラクイズ大会予選ですが、100階までは普通に登ることが可能でした。60階までは負けても上がれますし、それ以降も100階まではローリスクなら負けても落ちません。101階から本番、というのが間違いないところですが・・・そこまでは時間がないのでやっていません。今度の本番ではかなり時間を使って頑張る予定です。どんな展開が待っていることやら?
タイトルですが、300個が間近です。あと、山形以外全部制覇しています。山形は本当に引きませんねぇ・・・何とか幸運に巡りあいたいのですが。今月の出題形式は知識量がある人には有利なので、アカデミー出身のワタクシとしてはとてもありがたい展開です。取れるうちにたくさん、タイトルを手にしておきたいものです。自慢は1日頑張って「快進撃アンサー」を取ったこと。1日で決勝に40回行けばいいのですが、これは本当に1日時間が必要なのです。

いろいろありますが、まだまだ外も暑いようです。こちらも負けずに・・・とりあえず、土曜日の文系大会に向けて調整を続けましょう。
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(8月20日)良い人がお亡くなりになった
2010-08-20-Fri  CATEGORY: 医療崩壊
「8月20日」は、医療崩壊に関する各種問題を熟知している人間ならどんな日か良く知っている・・・そういう感じの、一種の記念日です。こちらでも、コメントしたことがあります。

2年前、8月20日のエントリー

2年前のこの日、罪なくして罪を宣告され、罰せられようとした産科医の先生に無罪判決が下りました。この判決は検察の控訴断念により確定していますが、裁判の結末によらず大きな傷跡を医療の世界全体に及ぼしてしまいました。簡単に言えばこういうこと・・・「何かあったら、理由のいかんによらず手錠で脅迫される」という、一つの悪い例となってしまいました。医師たちは当然このことを熟知しており、この先生が正当な理由なく逮捕された時から、これまでとは比べ物にならないほど身構えた態度で臨むようになりました。防衛医療が進んだ結果、そして各地の医療過疎地から医師がいなくなった結果、医療難民の数は激増したのです。

この先生が逮捕された当時、そしてこの判決が下った当時の世相は、かなり厳しいものでした。メディアは医師と医療を目の敵にして報道を行っていたかのような態度でした。ただ、それを押しとどめる側に立った人も、やはり存在しました。今日はこちらを紹介します。

こちらより引用しています

佐藤章 福島医大名誉教授を悼む

東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム 上昌広

7月11日の参議院選挙では民主党が大敗し、国会はねじれ状態となりました。2007年7月の参院選がねじれを生み、政権交代へ繋がったわけですから、永田町は次の秩序を求めて「迷走」するでしょう。
2007年の参議院選挙で医療は争点でした。そして、そのきっかけを作ったのは、2006年3月に起訴された福島県立大野病院事件でした。6月28日、この問題に取り組んだ福島県立医科大学 佐藤章名誉教授(産婦人科)が亡くなりました。享年66歳でした。今回は、佐藤名誉教授のことをご紹介させていただきます。

【多くの弟子たちに見送られた葬儀】

7月4日に福島市内で告別式が行われ、私も参列しました。晴れているのに、大粒の雨が降る不思議な天気でした。私は東京から新幹線で福島入りしましたが、新幹線の車中には喪服の人が目立ちました。佐藤教授の葬儀に全国から集まった方々でした。薄々は予想していましたが、葬儀場に到着すると入りきれないほどの参列者がいました。花輪は会葬所の外にまで溢れ、私が経験した中で最大級の葬儀でした。
会葬者には、福島医大や産婦人科学会の幹部たちに加え、教え子たちの姿が目立ちました。供花には、クリニック院長、地元病院院長・部長などの名前が添えられていました。佐藤教授の訃報を聞き、全国から駆け付けたようです。
当日は政治家の参列も目立ちました。参院選挙戦の真っ只中にもかかわらず、仙谷由人官房長官は通夜に、鈴木寛文科副大臣は葬儀に参列しました。足立信也 厚労大臣政務官や舛添要一 前厚労相からは大きな花輪が届いていました。参議院選挙の選挙戦中に議員たちが、地元以外に足を運ぶなど常識では考えられません。彼らは、社交辞令ぬきに、佐藤教授を尊敬しているのでしょう。

【藤森敬也 福島医大産科婦人科教授の弔辞】

告別式は読経、引導と粛々と進み、クライマックスは5人の医師による弔辞でした。特に、佐藤教授の後任である藤森敬也氏の弔辞は素晴らしいものでした。藤森教授は、教え子77人を代表して、佐藤教授への思いを述べました。
1994年、当時不治と言われた重症男性因子不妊症を、顕微授精法により我が国で初めて治療したことを挙げ、佐藤教授が一流の研究者であることを報告しました。確かに、米国国立医学図書館のデータベース(PUBMED)をサーチすると、佐藤教授が発表した多くの英文論文を閲覧できます。佐藤教授は、福島から世界に発信しつづけたようです。
話題は研究だけに留まりませんでした。野球と酒を愛した佐藤教授が、医局員に対し家族のように接していたエピソードが紹介されました。医局対抗野球で何回も優勝し、このような課外活動を通じ「佐藤一家」の絆は強まったようです。野球が好きだった佐藤教授は、前夜にどんなに深酒しても、翌朝の練習には遅れなかったようです。話が進むにつれ、藤森教授も感極まったのか涙声となり、多くの参列者ももらい泣きしました。

【福島県立大野病院事件と周産期医療の崩壊をくい止める会】

私と佐藤教授のお付き合いのきっかけは、福島県立大野病院事件でした。逮捕された加藤克彦医師は佐藤教授の教え子です。
この事件は医療界に衝撃を与えました。しかし、医療界の反応はイマイチでした。当局に腰が引けたのか、「静観する」などのコメントで、お茶を濁していました。このような状況の中、佐藤教授が立ち上がりました。
2006年3月、「周産期医療の崩壊をくい止める会」を立ち上げ、会長に就任しました。このとき、海野信也 北里大学産婦人科教授、鈴木真 亀田総合病院産科部長たちとともに、私も事務局を手伝いました。東京のホテルに集まり作戦を練った日のことを、昨日のように思い出します。
加藤医師支援活動は急速に広がり、わずか1週間程度で6520人の署名が集まりました。3月17日には川崎二郎厚労大臣(当時)に面談し、署名を手渡すと同時に、衆議院会館で記者会見を行いました。佐藤教授が逮捕の問題点を、海野教授が産科崩壊の実情を訴えました。記者の多くは、事態の深刻さを改めて認識したようで、新聞の論調は「医療ミス」から「産科医療崩壊」や「お産難民」に変わりました
政治家たちも立ち上がりました。同日の衆院厚労委院会では仙谷由人氏が質問にたち、無謀な刑事訴追が産科医療を崩壊させる危険性を主張しました。この質問に呼応したのが、舛添要一氏、鈴木寛氏、足立信也氏、枝野幸男氏らです。彼らは国会質問を繰り返し、大野病院事件は国会でも重要課題となりました


【福島地裁 公判】

2007年1月26日に公判が始まってからは、佐藤教授は福島地裁に欠かさず足を運び、朝から傍聴の列に並びました。
この裁判には多数の専門家が出廷し、自らの意見を述べています。例えば、東北大学 岡村州博 産婦人科教授や、胎盤病理に詳しい中山雅弘 大阪府立母子保健総合医療センター検査部長らが挙げられます。
佐藤教授は、専門家として裁判のやりとりを検証し、周産期医療の崩壊をくい止める会のホームページで公開しました。裁判の実態が公開されることは珍しく、当局は気が抜けなかったでしょう。
このような活動をメディアが大きく報道したため、国民の関心も高まりました。2008年8月20日、加藤医師に無罪判決がくだった際には、テレビのテロップで速報が流れました。一連の報道を通じ、裁判の情報公開が進み、問題点が正確に認識されるようになっていました
福島地裁判決後は、検察の対応に国民の関心が集まりました。8月28日、周産期医療の崩壊をくい止める会は控訴取りやめを求めて、6873名の署名と意見書を保岡興治法務大臣、樋渡利秋 最高検察庁・検事総長らに送付しました。今回も、短期間に多くの署名が集まりました。
また、超党派の医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟(会長: 尾辻秀久元厚労大臣)も、保岡興治法務大臣及び舛添要一厚労大臣に控訴取りやめ要望書を提出しました。当日は、尾辻秀久議員に加え、仙谷由人、世耕弘成、鈴木寛、足立信也、小池晃議員が同行しました。
このような世論におされる形で、8月29日、福島地検は控訴断念を発表し、無罪が確定しました


【妊産婦死亡の遺族を支援する募金活動】

佐藤教授の本領発揮は、これからです。「周産期医療の崩壊をくい止める会の活動を、これで終わらせてはご遺族も救われない」と言って、妊産婦死亡の遺族を支援する募金活動を立ち上げました。以下は佐藤教授の言葉です。
医療には限界があるという現実と、我々だってご遺族に寄り添いたいんだという気持ちを分かってもらうにはどうしたらよいだろうと考えた時、百万言を費やすより行動で示すべきだと思っていました。ただ、そうは言っても刑事裁判が続いている間は迂闊な行動もできないわけで、幸い一審だけで決着がついたので、今回の活動を始めることにしました。医師が一生懸命ミス無く医療を行っても、助けられない現実がある。それを医師にミスがあったかどうか、という次元に留まっていては、第二第三の大野病院事件が必ず発生してしまいます。ですから、私はこの周産期医療の崩壊をくい止める会では、その先の次元に進むことができるような活動をしたいと思ったのです。」
2010年6月現在、既に数組の遺族に募金が手渡されました。ご遺族との関係も良好なようです

ちなみに、このような活動は世界でも類を見ません。本年、米国内科学会(American College of Physicians, ACP)は、世界各地で社会貢献活動を行った会員におくる『Volunteerism and Community Service Award』に、周産期医療の崩壊をくい止める会で中心的役割を果たした小原まみ子氏(亀田総合病院 腎臓高血圧内科部長)、湯地晃一郎氏(東京大学医科学研究所 内科助教)を選びました。両名は4月28日からカナダのトロントで開催された同学会総会に招待され、特別表彰されています。佐藤教授の信念は米国の医師たちにも通じたようです。

【叶わなかった現場復帰の夢】

2009年になって、佐藤教授の癌が判明しました。24年間勤め上げた福島県立医大を退官し、大野病院事件裁判も一段落したため、一産科医としてお産の現場で働くことを楽しみにしていた矢先だったようです。それから1年あまりの闘病ののち亡くなりました。最期まで産科医療の行く末を案じていたと言います。
大野病院事件裁判、それをきっかけとした産科医療崩壊が、佐藤教授に多大なストレスをかけたことは想像に難くありません。もし、佐藤教授がいなければ、かつて米国が経験したように、我が国の産科医療は完全に崩壊していたことでしょう。佐藤教授の献身的な振る舞いに感謝するとともに、ご冥福を祈りたいと思います。

(引用終了)

医師と医療の名誉を守るためならず、患者側との接点を模索する活動にも精力的にかかわっておられました。人の世に情けはありますが、運命には容赦がない・・・それが何にもまして恨めしく思えるものです。

一つだけですが、やはり必要と思うことを。医療側はリスクと結果について、皆が思う以上に真剣に考えています。佐藤先生に関するこの文章からも、そうしたものは自然とにじみ出てくるものです。では我々、患者側はそれをきちんと考えているか。我がことであれば、しっかり考えていなければなりません。考えていない人間に限って、何かあれば(悪い患者の典型例ですが)医療ミスを疑うではないかと思います。何もかもを、医療側に押し付けないこと・・・これ、とても重要なことです。

医師と患者のあるべき姿について、いろいろ、考えてほしいと思っています(自分自身も含めて)。そのために、とてもいい文章だと思い引用しました。
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(中原先生)彼を殺したのは、いったい誰だったのか
2010-08-16-Mon  CATEGORY: 医療崩壊
穏やかでない表現ですが、あえて。中原先生は11年前のこの日、自殺という形でお亡くなりになりました。善良な先生を自殺に追い立てたものは一体何だったのか・・・心ある人には、この文章を読んでいただきたいと思います。

キャリアブレインより引用

11年間の闘いを終えて

【第118回】中原のり子さん(医師過労死裁判の原告)

最高裁による和解勧告を受け、勤務医の働き方をめぐる11年にわたる闘いが7月8日、決着した。
1999年8月16日、小児科医の中原利郎さん(享年44歳)が勤務先の病院の屋上から身を投げた。「不十分な人員と陳腐化した整備のもとで行われている、その名に値しない(その場しのぎの)救急・災害医療。この閉塞感の中で私には医師という職業を続けていく気力も体力もありません」(原文のまま)との遺書を残しての自殺だった。以来、妻のり子さんは当直の過重性を認めるよう司法の場で訴え続けてきた。その結果、最高裁が示したのは「我が国におけるより良い医療を実現するとの観点から」という、異例とも言える和解勧告だった。
一方で、この11年の間にも着実に進んだ医療崩壊。長い年月にわたる法廷闘争を乗り越え大きな手応えを感じながらも、のり子さんの胸中は複雑だ。(田上優子)

― 民事裁判と行政裁判、2つの裁判がようやく決着しました。

当たり前のことが認められるまでに11年もかかったのかというのが正直なところです。夫は労働災害で、仕事が原因で亡くなった―。それだけを訴えるのに11年かかったというのは、何か社会的なシステムに問題があったのではないかと思いますね。

■医師が仕事で死ぬのは「戦死」

夫が亡くなった11年前はひどい年でした。横浜市立大病院の患者取り違え事件、東京都立広尾病院では消毒剤を誤って点滴した事件があり、その後、杏林大病院で割りばし事件があり、とにかく医療者の失敗や事故だけが大きく叫ばれました
その一方で同年1月、97年に女性の小児科医が千葉県内の大学病院の当直のベッドでくも膜下出血に倒れ、2週間後に亡くなって、労災が認められました。4月には山梨県の甲府で、96年に亡くなった産婦人科医の労災認定が下りました。8月に主人が亡くなり、9月には都立府中病院の医師が自死しました。公平な目で医療界を見ると、医師側にも同情的なニュースがあってしかるべきなのに、患者の取り違えや、医師の怠慢、医療ミスで患者を死なせたという報道一色でしたね

― 世論が医者側に不利な状況ができてしまっていた。

マスコミがおおむねそういう流れだったのは確かです。夫の死でわたしが「絶対に労災申請する」と宣言した時も、周囲は止めました。親しくしていたのに離れていく人もいて、寂しい思いもしました。自分のやっていることは違っているのかなと。
当時わたしを止めた人たちは、「仕事が原因で医者が死ぬのは仕方ない。戦死だ」と言いました。でもわたしは納得できなくて、1人でもやろうと決めました。

2001年の労災申請は1年半後に不支給決定を受けました。労基署からはその時、「中原先生には仕事以外に亡くなる理由はないかと思う。ただ、当直は労働時間とは認められていないので、8回の当直は長時間労働でもないし、過重労働とも認められない」と言われました。月に8回なら、週には2回です。朝8時に出勤して、帰って来るのが翌日の午後5時、6時になることもたびたびありました。それだけ病院に缶詰めになって、へとへとになって帰って来て、体を引きずるようにしていたのです。それなのに当直が労働時間じゃないと言う。それで、「月に何回当直をしたら労働時間として、過重労働として認められるのか」と聞いたら、首を横に振るだけで何も答えてくれなかったですね
ならば、当直がどれだけ過酷かを証明しようと、1人の同僚の先生が「本当に大変だった」ということを何度も繰り返し訴えてくれました。それが裁判でも証言として採用されて、04年12月に起こした行政裁判で、3年後にようやく勝訴しました(07年3月14日、東京地裁判決)。
しかし民事判決は違いました。「そうは言っても、当直で患者が来ない時にはよく眠れるのだから。たまたま多く来る日があるかもしれないけど、ない日もあったのでは」という趣旨の判決でした。当直時の睡眠の質がどれだけ悪く、過重な負担になっているかがまるで分かってもらえていないのだと感じました。

東京高裁に控訴する際には、全国の小児科医に「当直アンケート」を取りました。記述式で、「月8回の当直をどう思うか」「小児科医の当直は、平均3.5回。中原は5.7回だった。それについてどう思うか」「あなた自身は当直によってどんな身体的な負荷があるか」などを聞きました。どれも切実な回答でした。小児科の先生たちが署名入り・記述式で、名前や病院名を明かした上で、一つずつ証言が積み重なった結果、高裁判決では当直や勤務の過重性と、労働と死亡との因果関係が認められました
だけど病院側の自殺の“予見可能性”が認められなかった。夫は遅刻も欠勤もしたことがなく、泣き言も言わず、「人を増やしてくれ」と言ったことがなかった。だから「そこまで大変だと病院側が知り得なかった」という判決内容だったのです。

― 活動の手応えが感じられるようになったのは、いつごろからですか。

07年ごろからでしょうか。現場から、勤務医の大変さを声に出して訴えようという動きが出てきました。勤務医メーンの全国医師連盟ができ、勤務医の労働環境の改善を目指す全国医師ユニオンがつくられ、自分の身は自分で守らないと駄目だということが理解されてきたのだと思います。現場からの声が少しずつ集まるようになって、その結果、労基署が病院に立ち入り調査したり、奈良の産婦人科医が時間外労働訴訟を起こしたり、少しずつ現場が動き出したことが、わたしにとっては大きな手応えでした

■中原医師と、遺書「少子化と経営効率のはざまで」

― 中原医師の働きぶりを間近で見ていて、どう感じましたか。

1996年3月までは、内科系の当直を月3、4回、プラス月2、3回の宅直でした。それが4月から急激に体力的にハードになり、疲れて不機嫌なことが多かったです。当直明けは、疲れて家族に当ることもありました。わたしは「そんなに仕事が原因でストレスがたまるのなら、辞めれば」と言ったこともあります。すると夫は「小児科は自分の天職だ」と言いました。「自分がいなくなると、小児科がなくなりかねない」と。もう、それ以上は言えなかったですね。彼がどれだけ一生懸命やっているか分かっていたから
99年3月に月8回の当直をしたあたりから、疲労困憊という状態でしたね。亡くなる前の7月下旬には、「もう無理かも。病院を変わろうかな」と漏らしたこともありました。その後の1週間の休暇に話し合いをして、辞めるなら、早く上司に伝えるべきと言うと、夫は休暇が終わった後でと答えました。
 
最後になった8月15日の晩は、当直ではありませんでしたが、夫は「これから当直だ」と言って出掛けました。夫はいつもサンダル履きで出掛けていたのですが、その日はなぜか、新品のポロシャツを引っ張り出してきて、いつも通りにサンダルを履きかけて、革靴に履き替えた。変だなと思いましたが、退職のあいさつに行くからきちんとしようという彼なりの礼儀だろうと送り出しました。そして出がけに「退職の話、ちゃんと言ってね」と念押しすると、「分かった、分かった」と答えました。それが最後のやりとりでした

夫が亡くなった時には、確かに夫自身に対する怒りもありました。なぜ取り返しのつかない、とんでもないことをしてしまったのかと。でも、夫が自席に遺した遺書「少子化と経営効率のはざまで」を読んだ時、全く驚きませんでした。「医療費抑制政策」「小児科切り捨て」「不十分な人員」―。それは彼が、家族だんらんで楽しいことを話している時でさえも口癖のように言っていたこと、心配していたことでしたから。夫の遺書を読んで、悩みの種はこういうことだったのかと分かったのです。

■「犠牲的精神」の弊害

― 過労も「うつ」も本人の自覚次第。自ら言い出しづらいのが実情では。

そうですね。医師たちは「犠牲的精神」「聖職者意識」などと言って我慢してきた。中には、「おれは寝ないでオペを6つやったんだ」とか、「自分は丸1か月家に帰っていない」と言って、後輩を鼓舞する医師もいたと聞きます。もしかすると、今でもそういう風潮が残っているかもしれませんね

― 医師たちが、自分の置かれた状況の異常さに気付かないといけない。

そうです。わたしにとってみれば一番の敵、ある意味一番手ごわいのは医師自身です。医療者が、「自分が頑張れば」という旧態依然とした考え方を打ち破らないと、絶対に変わらない

― 所属している組織に物を言うのは、特に医師の世界では難しいのでは。

きついと思います。特に勤務医の先生たちは雇われの身なので、なかなか言いづらいですよね。組織に対してだけでなく、患者への影響もあります。だから夫にとっては、仕事を辞めることは死ぬよりつらかったのでしょう。患者さんやほかのスタッフに迷惑を掛けるくらいなら、逆に死ぬ方が楽だったのかなと。
でも、現場から変わろうという気持ちがなければ、何も変わらない。遺族でも、ここまでできたのは、現場で経験された方、苦しんでいる方の支援があったからこそです。現場からの発言が一番有効ですが、わたしにできることがあれば、お手伝いしたいです。

■夢や希望が挫折しない現場に

― 現場の医師たちにメッセージを。

現場で働いている人たちの夢や希望や誇りを持ち続けられる現場を守ってほしい。皆さん希望を持って、大変な勉強をして医学部に入り、国家試験に合格して、医師になったはずです。しかし、医師だって人間です。父親であり、母親であり、夫や妻なのだから、健康を害するような労働環境であってほしくない
夫は幼いころから、小学校の先生か小児科医になることが夢でした。わたしは、彼が医学部の5年生の時に知り合い、彼が小児科医になるのは、当然のこととして受け止めていました。一から階段を上って行き、小児科医としてキャリアを積み、患者やその家族などから慕われ、自信を持っていた時期もありました。誇りもあった。でもそれを持ち続けることができなかった。そのモチベーションを維持できなかったのが、一番つらいことですよね。

― それでも、小児科医になるのは必然的だった。

そう、必然的に。でも、その必然という言葉を考えた時に、この小児科、医療界を取り巻く問題を世の中に伝えるために、死ぬ運命に彼が選ばれたのだとしたら…。あまりに悲しい結末です。

8月16日。間もなく11年目の命日を迎える。

(引用ここまで)

中原先生の過労死につきましては、こちらのサイトも参照していただければと思います。

中原先生の過労死認定を支援する会

今年ようやく、和解が成立しました。少しでも現場で働く先生方の勤務環境が改善されるよう、関係者皆が努力するようになってほしいと思うものです。

いくつか引用文のうち、重要だと思った部分を強調しています。現場で働く医師の苦境の原因は何か・・・この問題は医療界がどれだけ頑張っても解決不能です。日本国内にいる医師の数は30万人もいません。たかだかその程度の人数が死ぬまで働いたくらいで、1億2千万人が住む国全体の問題を解決できるはずもありません。この問題の処方箋は、大多数を占める患者側の人間が答えを持ち寄り、その通りに振る舞うこと以外にありえません。
しかし現実に社会で起こったことは・・・医療側は何かあるたび非を唱えられ、反論すら許されず袋叩きになることを甘受するばかり。どれだけ(中原先生のように)犠牲を積み重ねようとも、まるで顧みられることもなく打ち捨てられる・・・その有様に絶望し、患者たちのために頑張ることを先生方がやめた結果が医療崩壊であることは、ここでも何度も書いたことです。そんなものが、皆の望んだ未来だったのか?

政治が悪く、医療が顧みられないのはなぜか。医療費が「効率化」というお題目で抑制され続け、政権交代にもかかわらずそれが継続しているのはどうしてか。そして・・・過労死は過去の問題ではないと、簡単に推測されます。はたして何人の中原先生を生み出せば、世間一般はこの問題を我がこととして考えるようになるのか。無知と無関心で多くの医師を絶望させている我々患者側の人間は、果たして青天白日であると堂々と主張できる存在なのか。

・・・この問いを自らに投げかけることから、始める必要があります。それは、ぜったいに、ぜったいです。
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(ホメオパシー批判)「嘘、おおげさ、紛らわしい」の典型
2010-08-12-Thu  CATEGORY: 医療崩壊
最近問題になっているホメオパシーですが、信仰程度の価値しかないものと判断したほうがよいと思います。根拠の薄いものを盲信して、救われることは滅多にありません。いざという時に、だれが本当の救い主たりえるか・・・よく考えるべきなのですが。

今回は、こちらを引用します。

8月11日朝日の記事より

代替療法ホメオパシー利用者、複数死亡例 通常医療拒む2010年8月11日5時46分

代替療法ホメオパシーを利用している人の中で、病気が悪化して死亡する例が相次いでいる。通常の医療は末期になるまで受けていなかった。東京では5月、国立市の女性(当時43)が、がんで死亡した。埼玉でも昨年5月、男児(同生後6カ月)が死亡した。女性の遺族らは先月、「憂慮する会」を設立し、ホメオパシー療法家らに真相解明を求めて運動を始めた。

5月16日、東京都東大和市内の病院の集中治療室。女性は、悪性リンパ腫が悪化して人工呼吸器を付け、声も出せない状態だった。親交のあった荒瀬牧彦牧師=めぐみ教会(東大和市)=が見舞うと、手話で3回、「ごめんなさい」と訴えた。ホメオパシーに頼り、前日に救急搬送されたばかり。入院から11日後に死亡した。

荒瀬牧師は「最後の最後になり、自分の誤りに気づいたのかもしれない」と話す

両親によると、女性がホメオパシーを始めたのは3年前。離婚直後で精神的に不安定な時に友人に紹介された。昨春から体調を崩し、全身の痛み、強い肌荒れを訴え始めた。荒瀬牧師は何度も病院受診を勧めた。だが女性は「今までのホメオパシーの努力が無駄になる」と拒み続けたという

5月には外出も困難に。激しい胸の痛みに母親(69)が救急車を呼ぼうとすると、「西洋医学はダメ」と最後まで拒んだ。気を失いかけたすきに、母親が救急車を要請。搬送先で、初めて悪性リンパ腫と診断された

さいたま市では昨年5月、生後6カ月の男児が体重5千グラム前後の低体重のまま死亡した。両親は助産師の勧めでホメオパシーに傾倒。市によると、病院での男児のアトピー性皮膚炎の治療や予防接種も拒否していたという

市児童相談所は、病院の受診拒否などを虐待と判断。保健師の指導で男児が4月に入院した際、両親が連れ戻さないよう病院に要請していた。男児は5月2日に死亡した

ホメオパシーでは、病気の症状が重くなっても、自然治癒力が増した証拠の「好転反応」ととらえる。これが患者を病院から遠ざけているとの指摘がある

女性や男児の両親が頼った療法家を認定した日本ホメオパシー医学協会は取材に「現代医療を否定してはいない。(女性が死亡した)案件は調査中」と回答した。(長野剛、岡崎明子)

(引用ここまで)

この件については、こちらも参照していただけたらと思います。

ウィキペディアの「ホメオパシー」

「問われる真偽 ホメオパシー療法」

これでもかとばかり、効果を否定する記述が続いています。所詮はまがい物、何か重大な事態になったとき、どれだけホメオパシーとやらが役に立たないか、よくわかっていただけると思います。まあ、信じて治療に取り組んで、運よく治って良かったねくらいなら平和だったのですが・・・現実には逆ですから。先に引用した文章ですが、前者は信じたがゆえに自らの命を失い、後者はその信仰を子供に押し付けた結果その子供を死なせてしまいました。信じる者が、救われないこともあるのです。
とくに重要な部分を色付けしました。両者に共通するのは「信用できそうな他者に誘われた」点です。前者は精神的に弱っていた時期であったこと、後者は助産師といういかにも信用できそうな相手だったことが結果的に運の尽きとなりまいた。残念なことに、大体の一般人は同じような見識しか持っていません。相手にいかにもな台詞を言われて、明確に反論できる人は(自分も含め)そういないのが実情なのです。ホメオパシーのごときまがい物が付け入る隙が、そこにあったということでしょう。

自然治癒力は、確かに必要なのでしょう。しかし半面、現代社会は過去とは比べ物にならないほど高度化してしまっています。その恩恵に与っておきながら、もはや後戻りのできない「自然」とやらに依存しようなんていうのは虫のいい話です。試しに、山の中にひとり放り込まれて生き延びてみせる困難さを想起してみればいいかと。山の獣におびえながら夜を過ごす心細さ・・・もし「自然」というものがあるとしたら、そうした剥き出しかつ凶暴な代物こそが自然です。世間一般で流行しているかに見える「自然」は、どこまでいってもまがい物、良くて美辞麗句です。
何かあったときに助けてくれるのは、日々修練して患者たちのために身を削って格闘してくれている医師の先生方です。そのことを見誤り、信心以外に何の根拠もないニセ科学に身をささげたことの結末・・・残酷ではありますが、それが答えです。そうならないために、最低限は疑うことを覚えたほうがいいのかもしれません。たやすく人を信じないこと・・・身を守るには、それくらいがいいのでしょう(かなりネガティブな結論ですが、あえて)。

信仰で救われない領域は、確かに存在します。この場で必要なのは医学的なエビデンスと、それに伴う医療だけです。患者側の心得として、そのことだけは、しっかり把握しておく必要があると思っています。
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(脳死と臓器提供)来るべきものが来た、という感じ
2010-08-11-Wed  CATEGORY: 医療崩壊
表題ですが、やむを得ないと思っています。ただ、この件についてしっかりした考えをした人はほとんどいないように思われます。この機会に、考えておきたいところです。

今回は、こちらを引用します。

キャリアブレインの記事より

書面による本人意思表示ない初のケース ― 87例目の臓器提供へ

8月9日21時2分配信 医療介護CBニュース

日本臓器移植ネットワークは8月9日、厚生労働省で記者会見を開き、87例目の脳死下での臓器提供が行われると発表した。脳死と判定された男性は、家族に対して臓器提供をする意思があることを口頭で表明していた。7月17日に施行された改正臓器移植法では、従来は必要だった本人の書面による意思表示がなくても、口頭での意思の確認でドナーになることができるよう変更された。今回はこの変更点が適用された初のケース。

ネットワークによると、ドナーとなったのは20歳代の男性。交通事故によるけがで5日、治療を受けていた関東甲信越地方の病院で脳死状態になった。男性はあらかじめ家族に対して、口頭で「万が一の時は、臓器提供をしてもよい」と伝えており、家族もその意思を尊重して提供に同意したという。このため、ネットワークの担当者が病院に出向いて家族に説明した上で、1回目の脳死判定を8日に、2回目を9日に実施。その結果、心臓、肺、肝臓、腎臓、すい臓が提供可能だと判断された。

臓器の摘出は10日未明に行われ、移植可能かどうかの最終的な評価を行った上で、心臓は国立循環器病研究センター(大阪府)で20歳代男性に、肺は岡山大病院で20歳代男性に、肝臓は東大医学部附属病院で60歳代女性に、腎臓の片方は群馬大医学部附属病院で10歳代男性に、もう一方の腎臓とすい臓は藤田保健衛生大病院(愛知県)で50歳代女性に、それぞれ移植される見通し。

ネットワーク医療本部の小中節子部長は、「慎重に本人や家族の意思を尊重しつつ、法改正で新たな手続きが加えられているので、さらに慎重にやっていきたい」と述べた。

(引用ここまで)

法律の改正には、やむを得ない理由があります。こちらを参考にしていただければ。

WHOの「指針」について

海外で移植手術を受ける行為は、確かに臓器の略奪といった面があり、倫理上問題があります。自国で臓器については供給できるようにすべきというのは、一つの結論です。ただし・・・そのまま国内で臓器移植がスムーズに進むかといえば、難しいのも実情だと思っています。

いくつか、問題と思われる点を挙げました。

・ 医療側 → 移植を行う体制がどこまで整っているか
・ 臓器を提供する側 → 意思表明がどこまで明確に行われるか

医療スタッフの数は、決して十分ではないというのが理由の一つですが、もうひとつ・・・国内における移植手術の報酬は安いのです。副作用などのリスクが高い難手術に十分なだけのプレミアを、医療制度は保障していません。また、臓器を提供する側の意思表明にも問題があります。

「移植ネット理事の一問一答」

意思表明は重要な問題です・・・ここがはっきりしないと、移植は成り立ちません。今回は移植を行うことにつき、なんとか必要な要件を満たすことができましたが、状況によってはこれが成り立たない可能性もあります。またプライバシーの問題もあります。医療側は十分配慮して対応を行っていますが、マスコミ等は何とかして個人情報を得ようとするでしょう。
それ以上に問題なのは、脳死と臓器移植について十分な考えを持っている人がおそらく少ないであろうと推測できてしまう現在の状況です。自分自身もそうなのですが、臓器移植についての意思表示を行っている人はそう多くありません。しかしこうした状況に遭遇する可能性は、一定割合で存在します・・・端的に言えば、普通に道を歩いていたって、交通事故の確率は存在するわけですし。そうなってからでは、意思表示などしようがない・・・これは、そういう問題なのです。

今回もそうでしたが、医療側の負担は相当に大きいものがあります。患者側の人間ができる数少ないことは・・・しっかり考えて、あらかじめ意思表示を行っておくこと。これだけでも、相当違ってくると思います。
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(賢聖杯)出走さえできないなんて・・・
2010-08-09-Mon  CATEGORY: QMA
昨日ですが、賢聖杯は出走回避となりました。そもそも、仕事が水曜日からあって・・・土曜日で帰る予定なのに1日延期になって・・・しかも関西の外から帰らなければなりません。日曜日の昼に仕事が終わったという状況で・・・ダルシムさんのヨガテレポート連発とか、某宇宙戦艦のワープ航法とか・・・非現実的な手法でもないと大会会場には到着できなかったのです。

いつも通り、このセリフです。

「なんじゃそりゃーっっっ!」

「まーんま、みぃやっっっ!」

「おぅまぃがっっっ!」

「おのれ・・・○ル○ギド○さえあれば!」

「ぜったいにゆるさんぞ、○○○○ども!」

「堪忍袋の緒が切れました!」

「ここらが我慢の限界よ!」

結果は拝見しました・・・タイピングオンリーですだちさんが優勝。高い総合力の持ち主ということで、まあ予想の範囲内ではありますが。まさかこんな結末、めったに発生しないでしょうから次に備えてしっかり鍛えなおしておきましょう。

気を取り直し、今後の予定です。

28日 → 名匠戦(文系)
9月11日 → 名匠戦(社会)

ここがかなり大きな山場です。いいところまでは、勝ち抜けたいですが。しっかり勉強して本番に備えましょう。しかしその前に・・・あんあんである程度高いステージにのぼっておきたいとか、邪心が離れません。問題はもう少したまっているので、それまでは早押し中心でもいいように思います。お盆が終わってからが、本番です。

かなり、今年はこんな感じでままならないことが多いです。適当なところで発散させて、健康的(?)にいきたいものです。
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(生存報告)あぁ・・・時間がほしいッ!
2010-08-03-Tue  CATEGORY: AnAn
とりあえず生きてます・・・単に時間がないだけ。昨日と今日はVIP待遇だったので、しっかり押してました。一時期大不況でリーグ陥落も、なんとか持ち直しそうな状態で終了しました。セミプロまでは行ってます・・・しかし道のりは長い。タイトルたくさん手にして、当分は満足できそうなのですが。

いろいろ、気付いたことを書きます。

・ 今回はVIPがとても大きなボーナス。なんとか手にしたいんですが・・・
・ 特番、普通の対戦と攻め方が違います。解答権のある人数しだいですねぇ。
・ 文章穴埋めのほうが、正解しやすい不思議。
・ たまに対戦して、うんざりするほど強いCOMに失望。
・ すぐ埋まる県と、全然埋まらない県。
・ やたらとボーナスが多いので、1日集中のほうがいいかもしれません。

特番ですが、すごく苦手・・・積み重ねで間違えて陥落、とか。妙に押し負けが多いような気がします。生き残れば普通の決勝なのですが。明らかに成績が普通の全国対戦と比べて悪いです。通常の全国対戦は、今割と得意な形式が多いため、なんとかなっていることが多いです。基本的に早押し「でない」ほうが、ずっととっつきやすいです。あと奪取・・・なんとなくわかってきたような気がします。2人も4人も、割と勝ててます。形式さえよければ、なんとかなる・・・そういうのがあるだけでも、違うと思っています。

今後の予定・・・週末まで出張です。出張先の宿でDSのくま三昧・・・日曜日の賢聖杯に備えないと。厳しい日めくりが、もう少し続きます。
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