QMA、その他ゲーム以外のことも、つれづれなるままに書いていこうと思います。どんな文章になることでしょうか。
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「ストレステスト」に対する疑念
2011-09-22-Thu  CATEGORY: ニュース
原発再稼動の要件として挙げられたストレステストですが、その問題点を指摘した文書があるのでここでも紹介します。政府及び与党が安全性ではなく、周辺利害関係者との腐れ縁を重視しているのは間違いないでしょう。そのための方便としての「ストレステスト」については、しっかり注視する必要があると思っています。

「プラント技術者の会」様のご指摘

以下、内容を要約します。

・ ストレステストにおける評価項目及び評価実施計画は、原子力安全・保安院が作成したものである。
・ EUにおけるストレステストの、長所と欠点が列挙されている。
・ 日本におけるストレステストはEUのそれを参考にはしているが、簡略化が酷くて「テスト」として不十分という指摘。
・ 当局に対しての要求事項。

日本のストレステストにおける、不十分な点は以下の通りです。

・ EU仕様書と比べ、要求されている項目が圧倒的に少ない点。
・ 「設計上の想定を超える外部事象に対する頑強性に関して、総合的に評価する」とした点が、あいまいである。
・ 定期検査で停止中の施設を対象とした一次評価と、全施設を対象とした二次評価とに分けている点は、停止中の原発再開を考えたものである可能性。
・ 材料強度の評価において甘い点が存在しているという疑念。
・ 「潜在的な脆弱性を明らかにする」だけではなく、予防や改善についての検証も行うべき。
・ 「過度の保守性を考慮することなく現実的な評価」を行うことにより検査が甘くなる懸念。
・ 確率論的安全評価を認容する範囲が、EU仕様書より格段に広くなっている。
・ 過酷事故処理に関する記述が少なく、管理の問題が軽く見られているおそれ。
・ 福島第一事故の教訓が十分に活かされていないこと。
・ 公開と透明性について考慮がなされていないこと。

当局に対する要求事項は、以下の通りとなっています。

・ ストレステストの実施計画を全面的に見直すこと。
・ 最低限必要な情報を追加すること。
・ すべての資料を一般に公開すること。
・ 核燃料サイクル施設をテストの対象に含めること。

以下、個人的な所感です。

特に(本文でも挙げられているとおり)情報の公開は、重要で不可欠な原則です。国内における原子力の運用において、見事なまでの隠蔽が過去横行し、現在もまったく変わっていない点は原子力の安全を考えれば極めて不都合です。また、ストレステストを「これまでと同様(かつ無反省に!)、原発を動かして自らの欲得を満たし続ける」ための通過儀礼としてしか考えていない政府や与党の不正義については、今後もしっかり追及する必要があると考えます。

原発(原子力エネルギー全般)を使い続けるか否かについてどのように考えたとしても、安全性の問題だけは絶対に捨象してはなりません。然るにこの国の為政者や行政の責任者、事業者は絶対不可欠なはずの問題を無視し、自らのエゴに忠実だったことの結果として、斯くのごとき重大な事故を生じさせました。その罪だけは、決して皆さんの記憶から消し去らないでいただきたい。そのように考えています。
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(必見)「原子力50年・テレビは何を伝えてきたか」
2011-05-08-Sun  CATEGORY: ニュース
今回はこちらを紹介いたします。

原子力50年・テレビは何を伝えてきたか

長い文章なので億劫かもしれませんが、ぜひ読んでみてください。考え方は人それぞれですが、この事故につながった原因をいくつか引き出すことが可能と考えています。以下、自分なりの考えをまとめています。皆さんなりにまとめて、今後に活用してくださればと思う次第です。

・ この国への原子力の導入には、政治的な動機が強く働いていた。今も政治の影響が強く、安全性を度外視する決定が起こる大きな理由となっている。

・ 原子力が安価であるという嘘は、この国に原子力が導入される初期からのものであった。しかし、もうそれは真実ではない。今回の事故の結果は、それを決定的なレベルで覆すこととなるだろう。

・ この国のメディアは、原子力を推進するお先棒を担いできた。批判に対しては圧力を加えられることが多く、マスメディアによる抑止は今も困難であり続けている。

・ 原発の危険性は、何も事故の発生時に限られたものではない。常時、作業員は被曝を強要されている。適切な管理を行わず、むざむざ作業員を被曝させ、死に至らしめた東海村臨界事故のような事例すら存在している。

・ 電力会社において恒常化した隠蔽は、危機管理の観点からはもっとも危険な対応である。情報の共有と適切な改善への道を妨げ、事故のリスクをかえって高めることとなる。今回の事故は、そうした体質がもたらした当然の、しかし悲惨な結末である。

・ 事故は技術力の限界だけではなく、組織の限界からも生じる。組織が明確な目標によってではなく、惰性で動いてしまっていること。能力を超えて肥大化してしまったこと。内向きの論理だけで動き、外部とのかかわりを意識できなくなったこと。これらも、事故の大きな原因となっている。

更にもう一言、引用します。かなり衝撃的ですが、実に適切な表現でもあります。

最初にくるのは工業の公害ではない。必ず人間の公害だ。心が金の力で曲がるんだ」(1987年青森県六ヶ所村の農家の声)

力の行使は、必ずしもそれ自体が悪というわけではありません。ただし、力が正しく行使されないのであればその結果は悲惨です。それは今回の事故が、よく証明してくれます。本当は「安全にするため最大限の努力をする」べきところ、それを怠ったくせに「絶対に安全です」と繰言を垂れ続けてきた結果がこれでした。この繰言に関わったすべての者が責任を問われることは当然に不可欠ですが、今後安全性を最優先する体制をつくれるかどうかはもっと重要です。もっとも、個人的には両方ともほとんど期待できないと考えています。ならばいっそのこと・・・と考えない保証はどこにもない、とだけ書いておきます。
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(飯舘村)15歳の重すぎる問い掛け
2011-05-02-Mon  CATEGORY: ニュース
飯舘村ですが、一度IAEAが避難を勧告したにもかかわらず政府が「ただちには」対応せず、結局後になって全村避難することとなった場所です。そんな中、東電の幹部がようやく被害を受けた現地を訪問し、住民に謝罪することとなったわけですが・・・自らの責任に対しては逃げ腰の態度を取り続けていました。

福島民友、5月1日の記事より引用

東電に悲痛な叫び 計画的避難区域・飯舘の少女

東京電力の鼓紀男副社長が30日、村内全域が計画的避難区域に指定された飯舘村と一部地域が指定を受けた川俣町で住民説明会を開き、住民に謝罪した。4月22日の指定以来、幹部が現地を訪れ、謝罪するのは初めて。これまでの避難と異なり、避難開始までの期間に住民がいかに生活基盤を確保するかが重要となる中、参加者からの質問は「いつ、どのように補償を開始するのか」といった補償問題に集中したが、東電側からの明確な答えはなく、避難開始への不安を残す結果となった。
「私が将来結婚したとき、被ばくして子どもが産めなくなったら補償してくれるのですか」。人口約6100人全てが避難対象となる飯舘村で行われた説明会。原発事故から1カ月半が経過してようやく謝罪に訪れた東電側に対し、住民は怒りをぶつけ、将来の不安を悲痛な叫びとして訴えた。
出席した村民約1300人が見守る中、同村飯樋の高校1年生渡辺奈央さん(15)は、将来の被ばくリスクについて質問した。鼓副社長は「とても重い質問。影響が出ないようにしたい」と答えると、「危ないからもっと早く避難すべきと言ってほしかった」と対応の遅さを指摘した。

(引用ここまで)

「とても重い質問」なのには、意地悪な言い方ですが理由があります。将来の事象に対する補償という行い自体困難なものですが、東電側にとってこんな負担は御免蒙りたいという心理は当然存在するでしょう。一定割合で、上記リスクは存在します。リスクが顕在化したとき、補償は裁判という形で求めることになります。そのときになって、被告となるであろう東電が何と言うかは、ほぼ間違いなく予見できます。

因果関係が明らかでない

この記事では直接言及されてませんが、この高校1年生はこう言いました。

防波堤なんとかするべきだったのに、何もしなかったのはどうして

学校の制服どうしてくれるんですか

この村で居続けて子供を産めなくなったら、補償してくれるのですか?」

原発における事故の危険性は、事前に指摘されていました。それを経営のために無視した以上、責任回避は許されません。責任がある以上、原発事故により生じた損害は原則としてすべて補償しなければなりません。しかしこの場には社長たる人物の姿がなく、東電側が自らの責任についてまったく言及するつもりがなかったのも納得です。つまりは茶番であり、このような三文芝居を見せつけられた住民の皆様の憤懣は、想像に余りあります。

この事故は、必要な対策を自らのエゴを優先させて怠った、電力会社の責任でもあります。今回のような無責任な態度には、おのずから限度があります。心ある皆さんには、彼女の心からの叫びと、繰言を続ける役員共のあり様、両者をしっかり比較していただきたいと思います。

以下、少しだけおまけ。
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原子力の政治によるコントロールが「不可能」だったわけ
2011-04-27-Wed  CATEGORY: ニュース
原発に関する諸問題において、政治によるコントロールは極めて重要です。巨額の資金が動きますし、状況によっては多くの人間が影響を受けます(今回の事故を想起していただければ)。政治によるコントロールのあり様もまた、必ず問題にしなければならない事項と思っています。ただし個人的な意見として、そのコントロールはこれまでまったく機能してませんでしたし、今後も絶望的なのではないかと考えています。

その理由を、ここに挙げておきます。

http://www.j-cast.com/tv/2011/04/20093581.html

http://blog.livedoor.jp/nihonkokukenpou/archives/51563199.html

旧与党の自民党ですが、しっかり電力会社からカネを貰っていました。利害関係を持ってしまえば、社会一般のためではなく、その利害関係者のために優先して行動するようになるのは無理からぬことです。彼らは野党として現与党の対策の遅れを非難する側に立っていますが、お得意様の東電をどれだけ非難できるかは疑問です。民主党にしても、同じスキャンダルが発生しない保証はどこにもありません。この国の主要な政治勢力は、どこまでもカネで汚染されてしまっています。政治が原子力に関して、判断を誤り続けたのは利害関係の故・・・矯正される必要があるのですが。

この国には、原子力政策について批判的な政治勢力がほとんどありません。議席の大半を占める上位2つまでが、推進する側というのは異常な光景です。いろいろな世論調査を見ても、皆が皆原発に関する現状に満足など、決してしていないはずなのですが。一定割合存在する批判の声を吸い上げる機能が、この国の政治勢力には決定的なレベルで欠けている・・・そのように考えなければなりません。この問題について見識があり、時に応じて十分な批判を行い、政府の行動をチェックできる人間をもっとたくさん議員にすることが(無駄かもしれませんが)必要です。

同様に、議員及び党派が特定の利害関係者のため「だけ」に動かないよう、一定以上の利害関係を持てないようにすることも必要です。今回とりあげたのは政治献金ですが、他にも利害関係の持ちようはいくらでも存在します。与党の権力が利権を生み出すのは世の常、権力行使の乱れを抑止する仕組みが政治には求められます。有権者としては、ただこの事故に対する直接的な対応の是非だけを見ているわけにいきません。政治が原子力を適切にコントロールできる「ようになる」かどうか、利害関係の排除という観点からしっかり見ておく必要があります。
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原発を推進してきた側からの、自己批判
2011-04-18-Mon  CATEGORY: ニュース
原発事故の影響は拡大の一途をたどっています。政府と東電の対応は泥縄で、定見もないため住民から猜疑の目で見られています。政府も東電も、事前に重大事故の危険性を警告されていたにもかかわらず無視しましたし、初動も判断に誤りがありました。その責任は、何らかの形で追及が必要です。飯舘村などは、結局避難することになりました・・・判断が遅すぎです。こんな状況で、誰が住民を守ってくれるというのか?

さて、今回は原発を推進する立場の学者たちから語られる自己批判を紹介します。原発に対して賛成であるか、反対であるかは安全性の問題においては、あまり重要でありません。どちらの立場にしても、安全性の担保は共通する課題だからです。賛成する側は「安全性のために最大限努力するから」賛成しますし、反対の人は「安全性が保障されない」からこそ反対します。もっとも大切であったはずの安全性を、今後どのように担保するか・・・考えるにはよい材料と思います。

以下、引用

原発推進学者が次々懺悔 「国民に深く陳謝する」

東京電力の福島第1原子力発電所の深刻な事故を受け、政府の原子力安全委員会の歴代委員長を含む原発推進派学者の重鎮たちが原発の「安全神話」崩壊に懺悔を繰り返している。特に元原子力安全委員長の松浦祥次郎氏や前原子力委員会委員長代理の田中俊一氏ら原発推進の学者16人がこのほど、異例の緊急提言を行った。

原子力の平和利用を先頭だって進めてきた者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝する」との謝罪を前面に掲げた提言の内容は政府や東電の発表よりも今回の事故を深刻に受け止めており、緊迫感が伝わってくる。

大量の放射能を閉じ込めるのは極めて困難、と認める

私たちは事故の推移を固唾を飲んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、事故を終息させる見通しが得られていない」「膨大な放射性物質は圧力容器や格納容器内に拡散・分布し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている」 「特に懸念されることは溶融炉心が圧力容器を溶かし、格納容器に移り、大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである

提言は、水素爆発などで格納容器が破壊され、放射性物質が長期にわたり国土を汚染する可能性を指摘している。日本を代表する学者たちが、チェルノブイリ原発事故級の最悪の事態を想定していることがわかる。

16人は東京大学名誉教授、京都大学名誉教授、東京工業大学名誉教授など錚々たるメンバーで、原子力安全委員会や原子力委員会の歴代委員長や委員を務めるなどした日本を代表する原子力の専門家たちだけに、発言には重みがある。

特に気になるのは、「当面なすべきことは原子炉及び使用済み核燃料プール内の燃料の冷却を安定させ、大量の放射能を閉じ込めること。これを達成することは極めて困難であるが、これを達成できなければ事故の終息は覚束ない」と述べた点で、有効な解決策を見いだすのが難しいことを自ら認めているとも受け取れる発言だ。

2011年4月1日、会見した田中俊一氏は「原子力の平和利用を進めて、まさかこういう事態、これほど国民に迷惑をかけるような事態は予測していなかった。結果的にこういうことになっていることについて、原子力を進めてきた人間として、国民に謝らなくてはならないという気持ちは、みんな持っていると思う」と心境を明かした。

田中氏は提言をまとめた理由について「(我々は)余計なことを言わなくてもいい年齢だけれども、黙っていられないと。とにかく早くこの状況を抜け出して頂きたいという思いでまとめた」と述べた。学会で地位も名誉もある学者たちが、自分たちのこれまでの仕事を全否定するような今回の提言や会見が、事故の深刻さを物語っている

原子力安全委員会では、歴代OB、現役首脳も自己批判

提言は、最後に事態打開策について「当面の難局を乗り切るためには、関係省庁に加え、産業界、大学等を結集し、我が国がもつ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取り組みが必須である」と指摘する。

提言に加わっていない原子力安全委員会前委員長の鈴木篤之氏(日本原子力研究開発機構理事長)も4月6日、衆議院経済産業委員会に招致され、「国民にたいへん申し訳ない。私にとって痛恨の極みだ。この事故を反省し、よく考えていかないといけない」などと反省の弁を述べている。

原子力安全委員会では、歴代OBに限らず、現役首脳も自己批判に追い込まれている。斑目春樹委員長は、やはり6日の衆議院経済産業委員会で、「今回の事故を深く反省し、二度とこのようなことが起こらないよう指導していきたい」などと弁明に懸命だった。

(引用ここまで)

以下、私見を。

安全性は、技術力だけで担保するわけではありません。運用する人が安全性を最重要視することが、何よりの前提です。政府も東電もしきりに「想定外」と口にしていますが、事故前から重大事故の危険性を指摘し、警告していた人がいます。想定外というのはでたらめで、彼らは「自分に不都合な警告だから無視した」というのが正しい答えです。そうした意思決定が抑止されなかったことが、今回の事故の大きな原因となりました。

意思決定の誤りを抑止するためには、外部に強力な監視者が必要です。また、利害関係を持つ人間は相手に便宜を図ることが予想されるから、排除する必要があります。今回の件では政府や東電の不作為を是正する仕組みがなく、原子力にかかわってきた人間はだいたい利害関係で「汚染されて」いました。これが改善されない限り、安全性など夢のまた夢・・・そう考える必要があります。
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